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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
107/162

107:激突

 竜から少し離れた場所の岩陰で、各自はそれぞれ休んでいた。

 ジェスとエデルは、今までの旅で行った場所を教え合っていた。アイリスは二人の話を聞いて、興味深そうに目を輝かせている。

 ワンスとニケは、交代で望遠鏡を覗き込んで、竜の卵の様子を伺っている。

「ねえねえ、お嬢さん、本なんて読んでないで僕と話そうよ」

「……あなた、それでも魔法使いなの?」

 ドラドは、マリラに軽い口調で話しかけたが、軽くあしらわれて肩を竦めた。マリラが読んでいたのは、エデルから借りた『竜の神秘』という本だ。

 学園でも同じ本を見かけたが、人気が高くて読めなかった本の一つだ。竜の体の有用性だけでなく、竜の様々な伝承について詳しく書かれてある。

 ライは、他の七人とは少し離れたところで、岩に腰かけて考え事をしていた。

(竜か……まさか、この目で拝むことになるとはな……)

 子供の頃から、竜の伝承はいくつも伝えられてきた。何度も聞かされた、竜と共に戦場を駆けたという、建国王の伝説を思い出す。

「やっぱり、そうとしか……。」

 ライは、独り言を呟き、溜息をついた。



「もうそろそろ、頃合いじゃないかい」

 ドラドが、ワンスに言った。エデルはそれを聞いて立ち上がった。

「頃合い?」

「ああ……もうそろそろ卵が孵ってもおかしくないな」

 ジェスとアイリスはそれを聞き、顔を輝かせた。この目で竜を見ることができただけでも素晴らしいのに、まさかその誕生に立ち会えるなんて。

 だが――。

「行くぞ!」

 掛け声を上げたワンス、ニケ、ドラド、そしてエデルがそれぞれの武器を構え、竜目掛けて駆け出した。


「エデルさん?」

 ジェスが、驚いて叫ぶのと、ライが剣を抜いて、エデルの前に飛び出たのは同時だった。ガキン、と剣と剣がぶつかる音がした。

 エデルは、自分の前に立ちはだかるライを睨みつけた。

「何をする……!」

 その時、竜のいる場所で爆発が起きた。ニケが、火薬を括り付けた矢を放っていた。

「ちっ……やりやがって!」

 ライは舌打ちをする。

「抜け駆けするつもりか!」

「馬鹿か! ……くっ!」

 ワンスは怒鳴る。ライも叫び返しながら、エデルが双剣で斬りかかってくるのを間一髪で避ける。

「えっ……え、ライ?」

 起きていることが理解できず、ジェスは慌てて、剣をぶつけるエデルとライを止めようとしたが、ライは急いで叫んだ。

「皆、武器を取れ! 俺らが竜を守らなきゃいけねえのは、こいつらからだ!」


 竜が痛みに咆哮を上げた。

 ドラドが魔法を唱える。土が盛り上がり、岩の礫が激しく竜の体にぶつかった。続けざまに、ニケの火矢が竜の鱗に刺さる。

 だが、竜はそれを避けることはなく、体を丸めて耐えているようだった。

 マリラはそれを見て、はっとした。

「動けないんだわ……!」

 卵を守るために。切り立って不安定な崖の上に、竜は座っていた。それは、他の者を寄せ付けないという意味では有効だったが――、もし竜が動けば、卵は崖下に転がり落ちてしまうかもしれない。

 そして、本来なら鉄壁の防御を誇るはずの竜の鱗は、弱体化した今、矢を通し、その身から血を流していた。最強の生き物であるはずの竜が、一方的に攻撃され続けている。

 マリラ達も、ここでやっと理解した。

 ワンス達は、竜が弱体化した今を――それも、卵が孵る直前、竜が最も疲弊しているだろう時を狙って、竜を殺してその肉体を手に入れようとしていたのだ。

「そんなこと、させないわよ!」

 マリラは杖を掲げた。


 〈疾風〉の呪文を唱え、風を操る。強力な風が、ニケの矢を、竜の体に当たらないように吹き飛ばした。

 アイリスもまた、竜の前に〈護り〉で壁を張り、ドラドの攻撃魔法を弾き返した。

 それを見たワンスは、竜を目指すのを止め、後ろを振り返った。ちっと舌打ちすると、斜面を駆け下り、大剣をマリラとアイリスに向かって振りかざした。

「ニケとドラドは、竜への攻撃を続けろ! 女子供を相手にするのは目覚めが悪いが、仕方ないな」

「っ!」

 迫る大剣を、マリラは炎の弾で弾くことで防いだ。だが、その分集中が解け、竜を守っている風が止んでしまう。

「ううっ……」

 アイリスは精神集中を続け、竜を守る壁を作り続けるが、ニケとドラドの容赦ない攻撃と、アイリス一人との魔法では、アイリスの分が悪い。

「このっ……!」

「さて、いつまで持つかな」

 ワンスは大剣で、炎さえ叩き潰そうという勢いで、こちらへ激しく攻撃を続けてくる。

 接近戦になっては、呪文を唱える時間の分、魔法使いの方が不利だ。必死に距離を稼ごうと、マリラは炎をぶつけながら、アイリスを背にかばいながらじりじり後退する。

 ワンスもまた、炎を避けながら、距離を詰めようとしてきていた。


 魔法や矢が飛び交い、あちこちから激しい爆発音がする。混戦状態となっている様子を視界の端に捉えながら、エデルは、低い声で唸った。

「竜を、守るだと……」

「勘違いしてたようだな」

 勘違いしていたのはお互い様だった。

 ジェス達は、竜を守るために竜を目指していた。一方、エデル達は、竜を殺すために竜を目指していた。

 竜の脅威とは何なのか――マリラとエデルの話を聞きながら、ライは眠ったふりをしながら考えていたのだ。

(カジャラッシャの予見が正しいとして、竜の脅威となる存在なんて――人間しかねえ!)

 魔物は、竜自身の放つ力によって今、この山には存在していない。その辺の狼や熊などの獣が、いくら弱体化したといえ、竜に敵うはずもない。

 竜を狙うのは、欲に駆られた人間。竜の血や、骨の価値を知って、それを求めた者達。

 竜の体に特別な力があることを教えたのは、他ならぬ竜だと、ドラゴニアの伝承には伝えられている。

 かつて、建国王の友として空を翔けた竜は、死の間際、人間に、自分の体には特別な力があることを教えた。聡い竜は知っていたはずだ。そんなことをすれば、同族の竜は、人に狙われる存在になることを。

 それでも竜は、建国王を――人間を信じたからこそ、それを伝えてくれた。竜の秘薬は――その竜の贈り物の最後の一つだった。

 ライは、剣を素早く振るい、エデルの剣を叩き落とそうとした。だが――。

「私の邪魔をするな!」

 エデルは、ライの剣をいとも簡単に右の剣で弾くと、目にも止まらないほどの速さで、左の剣でライの腹を刺した。

「ぐあっ……!」

 体が傾いだライを、エデルは蹴り飛ばした。ライの体は山の斜面を転がり落ちる。

 そのライに目もくれず、血に濡れた剣を振り上げ、エデルはただひたすら、竜を目指して駆ける。

(なんて……速さ、と力、だ……!)

 エデルの戦いは、何度か見たことがある。双剣を駆使し、魔物を倒していく。剣の実力は自分より上だろうとは思っていたが――あれでもまだ、本気じゃなかったというのか。


「ライさん!」

 斜面を転がるライは、腹の傷のせいで、体勢を立て直すことができない。アイリスは咄嗟に〈癒し〉の魔法をかけた。

 しかし、それと同時に、竜を守っていた障壁が消え、エデルが竜の元に辿りついてしまう。

「……くそっ!」

 ライは立ち上がったが、そこに矢が飛んでくる。ライはそれを躱すと、矢の飛んできた方向を見た。

 弓使いのニケが、にやにや笑いながらこちらを見ている。

「兄貴は竜を攻撃しろって言ったけど、このままじゃ火薬が無駄になっちまう。ここまで弱らせれば、竜はあの女が殺してくれるだろ――俺たちはアンタ達を倒した方がよさそうだな」

「くっ!」

 振り返ると、竜がエデルに向かい、風の刃の息を吹きかけたのが見えた。しかし、エデルはそれを躱し、右の剣で風の刃を跳ね返す。竜は目を閉じ、卵を守ろうと体を丸めた。

 エデルはその剣を、竜の喉に突き立てようと、一気に跳躍したが――。


 銀の剣筋と、黒の剣筋が交差した。

 エデルの双剣を、ジェスの魔法剣が受け止めていた。

 凄まじい衝撃が、二人の間に走る。

「ジェス、貴様……っ!」

「駄目だ!」

 エデルは憎しみを込めた目で、竜との間に割って入ったジェスを睨みつけると、いきり立って、双剣を同時に叩きつけるように振り下ろした。ジェスはその重い一撃を、ぎりぎりのところで受け止める。

「どうして! エデルさん、あなたは人を守るために、魔物を倒して回っていたはずだ! だったら、どうして竜を……!」

「黙れ、そこをどけ!」

 エデルは燃えるような瞳で、ジェスと、その背後の竜を睨む。ジェスは剣を構え、竜の前に立ちはだかった。それを否定と取ったエデルは、ジェスに狙いを定める。

「ならば……貴様も斬るまでだ!」

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