106:卵守る竜
目指している先は、竜か?
エデルが真正面からジェスにその質問をした時、ライは不味い、と思った。ジェスは隠し事ができるタイプではない。
「えっ? どうして……」
その驚いた表情は、もはや正直に認めているも同然だ。一応、依頼を請けた身としては、その内容を他人にべらべら話さないのが常識ではある。
「って言うことは、そっちも竜のところを目指してるんだな?」
もはや隠しようがないので、その事を認めつつ、ライはエデルからも話を聞き出そうとした。
ジェスがそう言った瞬間、エデルや男達の表情が一瞬固くなったのを、ライは見逃さなかったからだ。
「今、この山にいる目的で、それ以外には考えられないだろう」
エデルはあっさり認めた。
「それ以外にはって?」
「今この山は、普段では考えられないほど魔物が少ない。竜がいて、卵を守っていることは間違いない」
「おいおい、エデルさんよ、いくらそいつらが知り合いだからといって、そうべらべら話すのはどうなんだ?」
剣士の男が、エデルに言うが、エデルは意に介さない。
「目的は同じなのだから、同行してはどうかと誘うつもりだ。特に――彼女の神聖魔法はこちらにはない力だ」
「えっ」
急に話を振られたアイリスが、驚く。
「ええ? この女の子が、神聖魔法を使えるって? じゃあ、傷を治せるのか? それは助かるな」
魔法使いの男が調子良く言う。
「おいおい……」
何だか妙な雰囲気になってきたと、ライは仲間を振り返る。
マリラは、ふう、とため息をついて、呪文を唱えた。すると、風が彼らの間で渦巻き始める。
「え? マリラ、何してるの?」
「ああ、ちょっと風の流れを操って、私達の声が向こうに聞こえないようにしてるの。どうするか相談するにはこの方がいいかと思ってね」
「風の魔法って、色々便利なことできるんだな……」
エデル達の方を見れば、目を丸くしていた。向こうからすれば、急にこちらの声が聞こえなくなり、口をぱくぱくさせ始めたように見えるのだろう。
ライは遠慮が必要なくなったので、思ったことをストレートに言う。
「何だか、こっちが利用されそうな雰囲気じゃねえか?」
「けど、結局目的地は同じなんだだから、一緒に行っても行かなくても違いはないんじゃないかしら……それに、あのエデルが、私達と同行したいって言うのが気になるのよ」
マリラが見る限り、冒険者の男達はそれなりに腕が立ちそうだ。エデルの実力もよく知っている。それでいて、更にこちらの協力を求めるのは、何かしら理由があるような気がした。
「エデルさんは悪い人ではないと思うけど」
「ジェス、お前なあ……」
ジェスのお人好しさはともかくとして、まあマリラの言う通りだろう。ここで変に断ったところで、結局同じ道を進むだけになるのだから。
「アイリスはいいか? 負担が増えることになるかもしれないが……」
「私は大丈夫です。もし怪我をされている人がいたら、治してあげたいと思いますし」
意見はまとまった。マリラは風の魔法を解いた。
「相談は終わったのか?」
「はい、一緒に行きましょう」
「そうか、味方は多い方がいいからな。俺はワンス。見ての通り剣士だ。こっちが弓使いのニケ。魔法使いのドラド」
お互い、一通りの自己紹介を終え、今日はここで一緒に休むことになった。
マリラは、エデルと共に火の番をしていた。
互いに、完全に相手を信用しているわけではないので、火の番はそれぞれのパーティから常に一人ずつ出すことで話がまとまっていた。
エデルは、愛用の剣を手入れしながら、マリラに話しかけた。
「改めて、呪いが解けて良かった、マリラ」
「ありがとう」
エデルは修道院の一件以来、自分を気にかけてくれていたらしい。
「しかし、どうやって呪いを解いた?」
「……色々あったんだけど。仲間と共に、竜の秘薬を手にいれることができて」
その言葉に、エデルははっとした。
「竜の骨か……!」
「知っているの?」
「そうか、それでこっちの大陸に……倒したのか、竜を!」
エデルはマリラの腕をつかみ、勢いこんで尋ねてくる。興奮した様子のエデルに、マリラは急いで答えた。
「まさか! 運よく手に入ったってだけよ」
「……そう、か。すまない」
女とはいえ、剣士の力は強い。エデルは謝って、マリラの腕を放した。
「ところで聞いていいかしら? さっき、この山に魔物がいないのは、竜が卵を温めているからって聞いたけど」
「ああ……普段はこの山も、多少は魔物が出る。それがないのは、竜が卵を温めている証拠だ」
エデルはそう言って、荷物の中から、本を一冊取り出して渡した。『竜の神秘』と題されたその本は、旅の間に何度も読み返したのか、擦りきれて端の方がボロボロだった。
「正確には、竜は鳥のように、卵を体温で温めてはいない。卵に自身の魔法の力を注ぎ込むことで卵を孵す。その際に竜が放つ力が、周囲に伝わって、力の歪みというのを抑えるらしい」
「それで魔物が減るのね……」
ライも竜の力は、魔物を抑えることができると説明していた。
「その時、竜は持つ力のほとんどを卵に注ぐため、一時的に弱体化するそうだ」
「!」
マリラは驚き、そして納得する。
カジャラッシャの、竜を守れという依頼が、ようやく腑に落ちた。
「……そうなのね、知らなかったわ……」
「……? 知らずに山にいたのか?」
エデルの問いに答えたのは、寝ていたはずのライだった。
「俺達は、依頼主から話を聞いただけだからな。そこまで詳しくは知らなかった」
エデルはそれを聞いて納得した。
「ライ、起こしちゃった?」
「いや、そろそろ交代だろうし、丁度いい」
ライは眠っていたドラドを起こした。
マリラは交代で横になり、エデルも木にもたれかかって目を閉じる。
しかし、エデルの両手には、双剣がきつく握られたままだった。
バーテバラル山脈の山は、切り立った場所が多い。遠くから見れば、絵になるほど美しい山々だが、実際に登るとなると、その道はかなり険しい。
特に今、ジェス達が登っている山の西側は、壁のように高くそそりたっていた。
「……そろそろ山頂か」
すると、先頭を歩いていたワンスが、手で後ろに立ち止まるように示した。
「……竜がいる。止まるぞ」
「え?」
ワンスは、荷物から望遠鏡を取り出して覗くと、それを、すぐ後ろにいたジェスに渡した。
「……!」
覗き込んだ先には――絵や彫刻でしか見たことのない、竜が、迫り出した崖の先に座っていた。
だが、それは――想像していたよりずっと美しい。
体を覆う緑の鱗は、宝石のように透き通って輝いていて、大きな翼が、ゆっくりと上下している。体に隠れてよく見えないが、何か抱えているのは間違いない。
「緑竜……風龍の子孫か」
ワンスが言う。
ライ達は竜を見るのは始めてで、代わる代わる望遠鏡を覗き込んでは驚きの声を上げた。
「はは、さて、この辺で様子をみるとするかね」
ニケはそう言って、岩影に座った。
「ああ。……卵が微かに動いている。そう長くは待たなくていいだろうな」
ワンスの独り言を聞き、エデルは一人、ぐっと拳を握りしめた。