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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
104/162

104:運命の波

 ジェスは、何とも言えない緊張感を感じた。

 老婆は目を閉じているはずなのに、こちらのことは見透かされているような感覚を覚えた。

 言葉に詰まったジェスに代わり、マリラが尋ねる。

「……あなたは、未来が見えるのですか?」

「……いいや。お前さんの思っているような、はっきりした未来を知ることはできない。未来は決まっているわけではないからね」

「けど、俺たちが村に来ることを予見して、迎えるように言ったんだろう」

 ライが言うと、カジャラッシャは水盆に手を翳した。澄んだ水の表面は、曇りのない鏡のようだ。

「儂が見たのは強い運命の流れだけ。儂は運命を持つ者が村に来ることを予見したに過ぎない」

「……運命は、未来では、ないのですか?」

 マリラは疑問を言葉に出し、考えながら尋ねる。

「運命は、力の流れ、うねり。強い流れは他を巻き込み、惹かれ、弾き合う。その先に未来ができるだけで、どうなるかは儂にもわからない」

「……。」

 四人は神官長の言葉を理解しようと、考え込んだ。ジェスは、うーん、と首を捻った後、考えを話す。

「……要するに、何かが起こりそうな予感がするって感じですか?」

 ジェスの強引な解釈に、マリラ達は脱力したが、カジャラッシャは声を上げて笑った。

「かかか、愉快じゃのう、全くもってその通りじゃよ! 儂のような人の身に分かるのはその程度じゃ! だのに人は儂の曖昧な言葉を、理解ができんのは自分の修行が足らぬせいだと勝手に思い込み、儂が何もかも見通せると思っておるのじゃからな」

「……はあ」

 ライはとりあえずそれを聞いて安心した。

 自分達が来ることが、さも決まっていました、分かっていました、などと言われると、監視されているようで面白くないと思っていたからだ。

「そうなんだ……良かったです」

 ジェスの言葉に、マリラは聞き返す。

「良かったって、何が?」

「もし、僕達のこの先の未来が全部分かってて、それを聞かされたら嫌だなあって思ってたから」

 ジェスの答えに、ライも頷いた。

「同感だな。何もかも決まってるなんて言われたら、やる気をなくすぜ」

「……そうねえ」

 マリラも、未来予知には興味はあったが、それで何もかも先のことが分かるようでは、却って生きづらいだろう。

 カジャラッシャは自分に未来を聞こうとしない若者達の様子に、満足そうに微笑んだ。

「でも……」

 アイリスだけは、少し残念そうにしていた。

「アイリスは、何か知りたい未来があったの?」

「……いえ、私は……もし、何か危険なことがあれば、先に知っておけないかと思ったんです。旅はしていたいけど、皆さんが危険な目にあって、もしものことがあったら……」

 アイリスはそう言って、祈りを捧げる時のように、きゅっと両手を組んだ。

 カジャラッシャはアイリスの方に顔を向ける。瞳は閉じたままだったが、アイリス、そしてライ、マリラ、ジェスを順に見るように顔を動かした。

「……心配せんでも良い。先のことは分からぬが、お前さん達が、良い運命で結ばれていることは分かる」

「良い運命……」

「縁と言う方が分かりやすいかも知れぬな。――お前さん達は共に歩み、縛られた運命を解いてきた。それが間違いでなかったことは、お前さん達自身が誰より知っている」

 その言葉に、アイリスは、心が温かくなる。

「いずれは、道を別つこともあろうが、心のままに進んで行けば良い」

「……はい」

 アイリスは、強く頷いた。


 カジャラッシャは、水盆に触れた。ゆらゆらと波紋が広がり、水の表面に写る、皆の顔が揺れた。

「さて――お前さん達が実力のある冒険者であることは、良く分かったのでな。儂の頼みを聞いてはもらえぬか」

「え……依頼、ですか?」

「左様じゃ。竜を守ってほしいのじゃよ」

 様々な依頼を受け、色々な場所に行ってきた一同も、この言葉にはさすがに驚いた。

「竜って……。そんなのどこにいるんだよ。そもそも、俺達が守る必要があるのか?」

 竜は、今や非常に稀有な存在であり、世界を創造した龍に連なる特別な存在だ。高い魔法の力を持ち、非常に強力で長命と伝えられる。

「この村、いや、この山は竜と繋がりが深くてな。よく竜が卵を温めにくるのじゃよ」

「竜の、卵……?」

「竜は卵から生まれるんですね?」

 ジェス達は、素直に驚く。

「今、ここより西の山に、卵を守る竜がいるのじゃが、その竜に、良からぬ運命を感じたものでな……。お前さん達のような強い運命ならば、果たして流れを変えられるやも分からぬ」

「……分かりました」

 ジェスは頷いて、仲間を振り返る。

「皆、どうする?」

「何だかはっきりしない依頼だが……竜か……」

 ライは考える。竜と戦って倒せという依頼なら、危険すぎるのできっぱり断るが、竜を守れというのは想像もつかない。

 竜自身が強いのだから、何かする必要もなさそうだが、逆に考えれば竜に危機が迫る程の脅威とも考えられる。

「……まあ、報酬次第かな」

 ライがそう言うと、マリラとアイリスも同意した。

「そうじゃな。ここには金貨はないので、これでどうじゃろうか」

 そう言ってカジャラッシャは、懐から、ロザリオを出し、アイリスに渡した。白っぽく、大理石のような色をしているが、持つと不思議と温かく、じんわりと力を感じた。

「石……じゃないですね? これは、何でできているんですか?」

「竜の牙でできておる」

 さらりと言われた言葉に、ジェス達は飛び上がりそうになった。

「ええ!?」

「……こ、これは……本当なら、とても値段がつかねえぞ……」

 報酬としては十分すぎる品だ。勿論、売るなどとんでもない。

「お前さんなら使えるじゃろう?」

「あっ――ありがとうございます」

 アイリスは、持った瞬間、このロザリオの価値が分かったらしい。ロザリオを握り、頷いた。


 話が終わり、ジェス達は神殿の外に出た。

「……ああ、すまんが、儂を連れていってくれぬか。目も、足も悪いものでな」

 カジャラッシャが一度も、目を開けることがなかったのは、目が不自由なせいなのかと理解した。神殿の中が暗闇でも構わないはずだ。

 ジェスとアイリスが、カジャラッシャを横から支えてゆっくり歩く。閉じた扉の前に来ると、ジェス達は、カジャラッシャに断り、四人で扉を引こうとしたが、当の彼女がそれを遮る。

「ふむ。その扉は、その二人で開けるのがいいじゃろう」

「え? 私と、ライで……ですか?」

 指名されたマリラと、ライは困惑した。四人でもやっとだった扉が、なぜ二人で開くのか。

 しかし、仕方なく言われた通り、ライとマリラは、それぞれ扉の左右の取っ手に手をかけて力一杯引く。

 すると――

「あら?」

 それなりに力は必要だったものの、ここに入る時よりもむしろ軽い力で扉は開いた。

「……どうなってんだ?」

ライは首を傾げた。他の三人も、驚いている。

「……かかか、驚かれたか。イニャーシャも言っておったろう、この扉は運命の重さだと」

「……。」

 四人が出ると、扉はゆっくりと閉まる。

「神龍の神殿は、入る者を試す。一人では開かぬ扉も、他人と共になら開けられるが、その逆もあるということ」

「……?」

 試しに、ライは一人で外から扉を押した。びくともしない。

「さっぱり、分からねえが……」

「一人で扉を開けられる者は、そうは居らぬよ……特に」

 カジャラッシャは、閉じたままの瞳でジェスを見た。

「お前さんの運命は、まだ、解かれておらぬようじゃからな」

「……僕、ですか?」

 それ以上、カジャラッシャは何も語ろうとしなかった。



 翌日、西に向かって出発するジェス達を、神官長は見送った。その横には、イニャーシャがついている。

「……代々伝わる竜のロザリオを渡して、宜しかったのですか?」

「新しき竜の命を繋ぐ運命に比べれば些細なことじゃ。それに、あの剣士の青年からは、尋常ではない運命を感じた……」

「……彼が」

 ジェスという、黒髪の剣士。明るく素直な好青年で、剣の腕は立ちそうだが、一見、どこにでもいそうな若者にしか見えなかった。

 もっと修行を積まなくては――イニャーシャは空を見上げた。風が強いのだろうか、目に痛いほどの青空に、雲が早く流れていた。

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