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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
103/162

103:神龍の神殿

「ふーっ」

 ジェスは、額の汗を拭った。鍬を下ろし、一呼吸する。

「ありがとうございます、村に若い男は少ないですから、助かりますよ」

「いえいえ、タダで泊めてもらってるのも悪いですし」

 ジェスはそう言って、村人に答えた。

 ホルンの村について二日。一行は村で農作業をしていた。



 あれから、神殿の扉は固く閉ざされたまま、ずっと開いていない。

「全然人が出入りしている気配がねえぞ。神官長ってのは、ずっと瞑想してるのか?」

「ええ? それはないんじゃ……寝たり食事したり、色々あるよね?」

 ライの疑問に、ジェスもまさかと答えたが、マリラとアイリスは腕を組んで考え込む。

「いや、ないこともないわよ……古代の魔法使いは、何日にも渡って呪文を唱えたこともあったらしいし……」

「はい、神龍の意思を聞くのはとても難しいことだそうですから……」

 イニャーシャに聞くと、神官長が瞑想に入れば、数日の間、神殿から出てこないことも普通らしい。

「私では、とてもそのように長く精神を集中させることができません。神官長のカジャラッシャ様は、そうして深く瞑想することで、遠く先を見通すことが出来るのだそうです」

 修行中の身であるイニャーシャは答えた。

 そんなわけで、一行は神殿が開くのを待ち、その間は、村に泊めてもらっていた。しかし、三食お風呂付きの宿に、そう毎日タダで泊まっているわけにいかない。

 普通なら金を払うのだが、この村は、他の町との関わりがなく、全てが自給自足だった。よって、通貨もここでは価値がない。

 周辺には魔物がいないため、魔物退治を請け負うこともない。

 せめてもの礼、ということで、一行は村人達の農作業を手伝っていた。



 畑を耕し終わって休憩する間、ジェスはイニャーシャから話を聞いた。

「この村の人達は、みんな神殿の神官なんだね」

「はい。皆、神龍の意思を聞くべく、修行を続けております」

「それって、アイリスの神聖魔法とは違うんだよね?」

 その近くで、豆を茎から外す作業をしていたアイリスは、呼び掛けられて振り向いた。

「ええと……まず、私の魔法は、祈りを捧げて世界に満ちている聖龍の意思を聞き取るものです」

「神聖魔法というと、一般には、聖龍の加護を求める魔法を指すことが多いんですが、本来は神龍の意思を聞く魔法も含むんですよ」

 イニャーシャが続けて説明した。

 聖龍の教えは広く信仰され、町の教会で祀られているのも聖龍が多い。

「神龍の教えは、深く瞑想することで、自ら感じとるものだと聞きます。長い修行を必要とし、それができる神官はごく僅かだそうですが……世界を大きく左右する出来事を予見してきたと伝わっています」

「未来の予測か……私にはまだ信じられないけど、村人が皆、ここで修行を積んでいるのよね?」

 アイリスと共に、収穫された豆を仕分けていたマリラは、神殿を見た。

 あの中で、今も未来を見ている人がいるのか。

 神殿には窓もなく、中の様子は伺えない。

「早く神官長さんに会ってみたいな。そういえば、ライは?」

「ライなら先に温泉に行くって。村の人達と一緒に入ってるけど」

 この村ただ一つの温泉は、男女で時間を決め、交代で使っている。

 よそ者のジェス達は、村人達とは別の時間に使わせてもらっていたが、ライはまったくの他人とも共に風呂に入るのを気にしないらしい。

「……うーん、僕、微妙に恥ずかしいかなあ、他人とお風呂入るの」

 ジェスは昨日、ライと温泉に入った時でも何となく慣れなかったが、ライは気にしていないらしかった。

 川で水浴びする時は、近くで魔物がいないか見張ってもらうのだから、自分でもわからない感覚ではあるが。

「ライは、他人に体を見られるの、慣れてるんじゃないの?」

 マリラは、豆を茎からぷちぷち外しながら言った。

「何で?」

「多分、王子は自分で着替えしたり、湯編みしたりしないから」

「……。」



 その日の夜、四人が部屋で休みながら、他愛ない話をしていると、イニャーシャが訪ねてきた。

「神官長がお呼びです。どうぞこちらにおいで下さい」

「え? こんな時間に?」

 ライは驚く。まだそこまで遅い時間ではないが、山間の村は、月の光も届かず、辺りは真っ暗だった。

 村人達も明かりを消しているため、外を見れば完全な闇だ。

「はい――」

 イニャーシャも、単に自分達を呼びにだけなので、真意はわからない。

 とにかく、ジェス達は支度を整えてすぐに向かった。


 松明を掲げたイニャーシャに連れられ、石造りの神殿の、固く閉ざされた扉の前に立つ。

 扉は厚い石でできていて、表面はきれいに磨かれている。見るからに重そうな扉だが、果たして開くのだろうか?

「えっと……」

 ジェスは扉の取っ手を握り、思い切り押したが、びくともしない。

 ライも手伝って二人で押したが、同じだった。

「引き戸……じゃねえか。開かないが……」

 イニャーシャを振り返ると、彼女は松明を持ったまま、動こうとしない。

「その扉は、開ける者の運命の重さと言われています。申し訳ありませんが、その扉を開けることができない者を神殿の中に入れることはできません」

「はあ?」

 ライは首を捻った。よく分からないが、この扉は何かの試練らしい。

「……ともかく、皆で一緒に押すだけ押しましょう」

 マリラとアイリスも、扉に手を当てる。

「じゃあ、せいの……っ!」

 四人が全力で扉に体を押し付けると、扉は少しずつ動き出し、ようやく四人は神殿に入ることができた。

「何だよ、ただの重い扉じゃ……」

 四人が入ると、その後ろで扉はゆっくりと閉まった。松明の光が届かなくなったことで、神殿の中は真っ暗になり、アイリスは思わずマリラのローブの袖を掴む。

「あの……」

 ジェスは奥に向かって呼び掛ける。ライは荷物から手探りで輝石を出して掲げた。

 光が神殿の中を明るく照らし出す。目に入ったのは、たくさんの水盆と、その奥に座る老婆だった。老婆は、裾の長い白い服を着ていた。白と青のたくさんの帯が、長く床に伸びている。

「……ああ、済まない、明かりをつけるのを忘れていたよ」

 老婆は嗄れた声で言うと、目を閉じたままジェス達を見た。

「あなたが……神官長?」

 ジェスの問いかけに、神官長のカジャラッシャは頷く。

「左様。……さて、聞きたいことがあるようだから、まずはお前さん達の問いに答えよう」

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