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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
101/162

101:怪談

 湿っぽい洞窟の中、ライは低い声で話し続けた。手にしている松明の明かりが、暗がりの中、ライの顔をぼんやりと照らす。

 生暖かい風が、洞窟の奥から吹いてくる。

「すると、誰もいないはずの廊下から、夜な夜なすすり泣く声が聞こえてくるんだ。女中は不思議に思って、暗い廊下を、蝋燭の明かりを手に、ゆっくり、ゆっくりと歩いていくと……」

「ひいいっ」

 マリラは手で耳を塞いで、ぶるぶると頭を振った。その反応を楽しむように、ライはにやりと口の端をつり上げて続ける。

「何とそこには……」

「きゃあああっ!」

「……まだオチを言ってねえのに、悲鳴を上げられても」

 怪談を話すライと、それを怖がって聞くマリラ。ちょっと困ったような顔でそれを聞くアイリスと、結局何があったんだろうと、一人想像するジェス。

 なぜ、一行がこんなところで怪談話に興じているのか――それは、天候が一向に回復しないからだった。



 一行がバーテバラルの山に入って二日。天気は突然変わり、強い雨が降り出した。

 山道は、急な斜面や崖などもあるし、悪天候の中で無理に進むのは危険だった。そこで、一行は運よく見つけた小さな洞窟に避難した。

 真っ暗な洞窟の中は、魔物がいるものだが、この洞窟の中は、魔物はおろか、熊などの動物もいなかった。洞窟の中は不思議と温かく、湿っぽいが休むにはちょうどいい。

 そこで天気が回復するのを待っているのだが、天気はずっとこの調子だった。風まで吹き出し、雷が落ちる音も聞こえる。

 暇を持て余した一行は、それぞれ、何か面白い話をするということにしたのだが――。

「どこが面白い話なのよ! ライの馬鹿っ!」

「いや、はは……」

 マリラの反応が十分面白いというのは、黙っておく。

「もうこの話はおしまい! 次はアイリスの番ね!」

「え? 私ですか?」

 アイリスは、うーんと考え始めた。


 洞窟に、ぴちゃぴちゃと雫の落ちる音が響く。

「これは私の話じゃなくて、ミザリーさんが、他の修道女の方から聞いたという話なのですが。昔、とある修道院……アルテミジア修道院ではないんですが……で、流行り病があったそうなんです」

「ふんふん」

「その流行り病にかかると、何日も熱を出して苦しんで亡くなるそうなんですが、当時は薬も十分になかったとのことで」

「うん」

「修道院の方々は、薬草を送って欲しいと手紙を書いたのですが、周りの村の人々は、自分に病気がうつるのを恐れて、残念なことに、誰も助けに行かなかったそうなのです」

「……。」

 話の雲行きが怪しくなってきたのを、マリラは敏感に感じ取る。

「あ、あの……アイリス? 何も怖い話で縛らなくてもいいのよ……」

「やがて修道院の方は全員亡くなってしまったそうなのですが……。その後、周りの村に、見たこともない黒い鳥が飛ぶようになったのだそうです」

「アイリス? ねえアイリス?」

 マリラは冷や汗をかきながら、アイリスを止めようとする。

「その鳥が屋根にとまった家には、必ず同じ病気で苦しむ方が出ました。村人たちは鳥を恐れたのですが、病気の人が増え、村人の数が減っていくたびに、鳥が徐々に増えていき――」

「まさかアイリスに、怪談の持ちネタがあるとは……。」

 ライは腕を組んで感心していた。

「やがて、村の方が全員亡くなってしまった時、村には空を覆いつくすほどの黒い鳥が飛んでいたそうです」

「ひいいっ!」

 マリラは寒気がして、腕をさすった。

 一方、ジェスはそんなマリラの反応に首を傾げている。

「え? 今の話、どっか怖かった?」

「……あ?」

 ライはそのジェスの反応が分からない。マリラの反応は大袈裟にしても、せっかく怪談を話してくれたアイリスに対して、ジェスの反応もどうかと思うのだが。

「えっと、つまり、その黒い鳥が病気を運んでたってことだよね? 渡り鳥か何かの群れだったんだろうね」

「悲しいお話ですよね……。私はこのお話を聞いた時、一生懸命に聖龍像にお祈りしました」

「そ、そうか……。」

 アイリスも、怪談を話したとは思っていないらしい。

 物語の中の、死者の冥福を一生懸命祈ったなんて、アイリスらしいというか何というか……せっかく年下の修道女をからかってやろうとして、アイリスに怖い話をしたミザリーも呆れただろう。

「もう! もっと愉快で笑える話はないわけ?」

「あ、じゃあ、僕が話すよ」

 ジェスが手をあげると、マリラはじとっとした目でジェスを見た。

「怖い話じゃないでしょうね……」

「ううん。僕、この話聞いた時、笑ったから、大丈夫」


 雨が降り続けているから湿気が高いのか、ぽつぽつと、雫が次々にジェス達の頭に降ってくる。

 雫は特に冷たくはないが、ちょっと不愉快だと思って座る場所をずらしていたライだが、どこに座っても雫が頭に当たるので、無駄だと思って止めた。

「これは、僕の実家の宿に泊まった冒険者の人が、実際に体験したことらしいんだ。その冒険者の人は、どこかの山を探検している時に、急な雨に降られたんだって」

「……ふうん」

 ちょうど今の自分達と同じ状況だ。

「それで、手頃な洞窟が見つかって、その中に逃げ込んだ。洞窟の中って、魔物がいるものだけど、その中には全然魔物がいなくて、幸運だと思って、その冒険者達はそこで休んだんだよ」

「……ん?」

 ジェスは笑いながら話しているが、ライは何か引っかかるものを感じた。

 よく考えれば、身を隠して潜むのに適した洞窟の中に、魔物も、動物もいないなんてことが、あるだろうか……?

 ライは洞窟の中を松明で照らした。こんなに湿っぽいのに、草どころか、苔さえ生えていない。

「そしたらね、妙に温かい雫が、ぽたぽたと冒険者達にかかってきたんだって」

 マリラは、今いる洞窟の天井を見上げた。

 洞窟はもともと湿っぽいものだし、今は雨も降っているから尚更だ。だが、さっきからやたらと雫が降る量が増えてきて、雨宿りしているとは思えないほど、雫が落ちてくるのだが……。

「そしたら、急に洞窟の中が真っ暗になって、びっくりした冒険者達は、慌てて明かりをつけたんだ。そしたら、なんと洞窟の口が急に閉じていたのが見えた。何が何だか分からないまま、外に出ようとしたんだけど、足元はいつの間にか、ぬるぬるして、なかなか動けない」

「ぬるぬる……」

 アイリスは、天井から落ちた雫の作った水溜まりに触れた。

 ぬるぬる、している。

「その冒険者の人達は、入り口近くに座ってたから、間一髪で逃げられたんだって。思わないよね、そんな大きな魔物が、洞窟に化けて大きな口を開けて、獲物が入って来るのを待ち構えていただなんて――」

「今の話が、一番怖いわああああ!」

 ライが叫んだ途端、洞窟の出口が勢いよく動いて、がばあ、と閉じた。

 急に真っ暗になる中、慌てて立ち上がるが、足元がぬるぬるして走れない。アイリスは、思いきり転んでしまい、ぬるりとした地面に膝をつく。

 入り口が完全に閉じて、地面が急に動き出す。奥へ奥へと運ばれるのが、空気の流れで分かった。

「きゃああっ!」

「くっ」

 暗闇の中、ライはアイリスの悲鳴のした方へ腕を伸ばす。布のようなものを掴んだと思うと、全力で引っ張り、自分の方へ引き寄せる。だが、自分の立っている地面さえも動いて、奥へ吸い込まれていく。

「うわああああっ!」


 ずどん、と大きな音がしたかと思うと、急に視界が開けた。

「……あ、危なかった……」

「…………。」

 マリラはぜえぜえと、肩で息をしている。その手には杖が握られていて、辺りには焦げたような臭いが漂っている。

 ジェスもまた、黒い剣を握りしめていたが、疲れたのか、すぐに魔法剣の発動を止めて、剣を鞘にしまう。

 〈火球〉の魔法と、闇の魔法剣の衝撃波、それぞれを最大出力で洞窟の天井――魔物の上顎にぶつけ、中から魔物の体を蹴破って、ジェス達は脱出した。

 気付くのがあと少し遅ければ、本当に食われていたかもしれない。考えるとぞっとする。

「……あ、雨、止んでる」

 山の天気は変わりやすく、いつの間にか雲は切れて、青空が顔をのぞかせていた。

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