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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
100/162

100:墓参

 港町バランの馬屋に訪れた一人の冒険者に、主人は馬を貸し出しながら、心配そうに声をかけた。

「お嬢さん、一人旅かい? 悪いこと言わないから、護衛をつけた方がいい。フォレスタニアから来たなら知らんだろうけど、こっちの大陸の魔物は強いよ」

「問題ない」

 彼女は素気なく答えると、代金を払って、颯爽と馬に乗っていってしまった。

 彼女はドラゴニアの出身だった。この国の魔物の強さもよく知っていたし、その辺の魔物など返り討ちにできた。

 赤い髪の双剣の女戦士、エデル。

 一度は王国きっての剣の使い手とも呼ばれていた彼女は今、ドラゴニアの地にいた。



 エデルは馬を走らせ、乾いた地面をただひたすら進んでいく。

 赤く染めた鎧を纏う彼女の姿は、景色の中では目立つ。血を連想させるその色に惹かれ――そうでなくとも人間のような弱い種族は狙われやすい――魔物は次々に襲い掛かってくる。

 それらを、エデルはその度に、黙って斬り捨てていく。

 どんな魔物であろうと、逃げるという選択肢はない。

 それが、人を襲うものである限り――彼女はそれを斬るだけだ。



 宿場町に着くと、彼女は宿で一日ほど眠り続ける。一人で旅をしている間、ほとんど眠らないためだ。

 夜は魔物が活発になるため、動かずひとところでじっとしているというのが常識だが、それはパーティを組んでいる冒険者の話だ。

 エデルのように一人で旅をしていれば、夜に眠れば、たちまち魔物に囲んで喰われてしまう。

 彼女が数日以上かかる距離を歩く場合は、夜に進み、日の明るいうちに眠る。それも、周囲に警戒しながらであり、何かが近付いてくれば、すぐ気配で起きるほどの、ごく浅い眠りでしかない。

「……ふっ」

 眠りに落ちる瞬間、エデルは自嘲めいたため息をつく。

 こうして宿で休んだところで、自分は、物音がすればすぐ起きるようになっているのだから、真に休めたことなどないのだ。

 故郷を失った、あの日以来。



 宿場街で馬を替え、そこから北に街道を進む。

 途中、馬車と、それを護衛する冒険者の集団を追い抜いた。

 エデルが冒険者として活動し始めて最初の時は、他の冒険者と共にパーティを組んだこともあった。だが、考え方の違いから、エデルはすぐにパーティを組むのを止めた。

 エデルはとにかく、人に害なる魔物を倒して回りたかった。

 しかし、彼らは、危険や労力が報酬に見合わなければ、魔物討伐に向かうことはなかった。

 別にそれが薄情とも、正義に反するとも思わない。命を懸ける以上、見返りがなければ動かないのは当然のことだ。

 そして、エデルは自由に行動するため、それ以来一人旅を続けている。

 彼女の剣の腕を知った者が幾度となく、パーティに加わらないかと誘ってきたが、それも全て断わってきた。

「ふん、剣の腕が立つからって、一人で何でもできると思ってたら、そのうち足元をすくわれるね」

 誰とも仲間になる気はないと伝えると、腹立たしげにそう言われたこともあった。

(そういえば、彼らは仲のいいパーティだったな)

 以前、修道院の魔物退治で一緒に行動した、四人の冒険者を思い出す。ジェスという剣士はなかなかの腕だったし、共にしていた冒険者たちも、魔法や武術など、それぞれの実力はそれなりのものだった。

(……いや、今頃は……三人かもしれないか……)

 そのうちの一人――マリラは、魔物退治の折に、ひどい呪いをかけられてしまった。

 それを救うことができなかったのは、エデルの中で後悔として、胸の棘となっている。

 その呪いを解くのは、不可能だと聞いた。仲間を失い、彼らが悲しむことになれば、見ていられない。エデルは半ば逃げるように修道院を発ったのだ。

 そういう意味でも、自分は仲間を持たない方がいいだろう。再び、大切な存在を失うことになるなら。



 街道を進めば、数日ほどでアノンの街につく。しかし、そこは素通りして、森を抜ける。街道はアノンの街で終わりになっているため、そこからは道はないが、それでもエデルは迷うことなく、真っ直ぐ馬を走らせていく。

 そして彼女は、ようやく目指していた場所につく。

 山の麓、多くの墓石だけが並んでいる草原。

「……帰ってきたよ」

 エデルはそう告げて、草を掻き分けて歩き、墓石の前にしゃがみこんだ。

 ここに戻るのは、久しぶりで、墓石は土埃でだいぶ汚れていた。

 ここは、幼いエデル一人を残し、全滅した村だった。


 そこにかつての村の面影はない。村が襲撃されたことを知って駆けつけた王国兵が、村の建物を全て焼き払ったからだ。

 人の住まない建物は燃やすなどして潰すのが常識だ。魔物がまとまって巣食いやすいからだ。

 村の惨状を見た王国兵は、ただ一人生き残っていたエデルを連れ出し、他に誰もいないことを確かめると、村に炎を放った。

 故郷が焼かれていくのに、エデルは反対しなかった。

 それ以前に、もはや村は見られない状態となっていた。むしろそのようなグシャグシャに潰れた家を見るより、燃やして失くしてもらった方がよかった。

 村人達の墓も王国兵が作ってくれた。墓は、村のあった、この場所に作るよりなかった。血に飢えた魔物たちから身を守りながら進まなければならない中、村人達の遺体を全て運び出すのは難しかったからだ。

 今はただの草原となり、地図から消えたこの村に、墓参に来るのは、エデルだけだ。

 そのエデルにしたって、各地を旅している以上、ここに頻繁に来ることはできない。

 エデルは、草むらの中、荒れた墓の前で、一人佇んでいた。やがて、日が暮れていった。

「…………」

 燃えるような夕暮れの赤が、彼女と墓を照らす。

 草原で一人留まっているエデルに、魔物が襲い掛かってくることはなかった。目を閉じて気配を探っても、近くに魔物の存在を感じない。

(……噂は、本当だったか……。)

 エデルは、決意を胸に、剣を強く握りしめ、立ち上がった。

 このために、ずっと一人で旅を続け、剣を極めてきた。

「……。」

 エデルは、馬に乗り、かつての故郷をあとにした。

 山から吹き下ろす冷たい風が、赤い髪を風に流した。

エデル視点の幕間でした。

そして、ひっそりと100話目です……。

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