001:スライム狩り
草むらから、一匹のスライムが飛び出してきた。
「来たぞ!」
ジェスが、スライム目がけて思い切り剣を振るった。弾力のある体は、真っ二つに切れこそしないものの、その衝撃で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「おお、こっちも」
ライもまた、草むらから飛び出してきたスライムに短剣を投げつけた。スライムは、ぴきゅー、という鳴き声をあげた後、すぐに動かなくなる。
「これで六匹目な」
ライは嬉しそうに、倒したスライムに近付いて行く。その様子を、マリラは魔法の杖を手で弄びながら、退屈そうに眺めて、ため息をついた。
「暇ねえ」
「私は戦えませんから……お二人に申し訳ないです」
そう答えたのはアイリスだった。マリラは首を振り、別にいいんじゃない、二人とも楽しそうだし、と言った。
「でも、贅沢って分かんないわ、私」
「はあ」
「だって……何でスライムなんか食べたいって言うのかしら?」
『スライム狩り 東の森 報酬は金貨十枚』
その掲示を、ライが持ってきたのはつい先日だった。
「どうよ、この依頼。内容の割に報酬がいいし」
ライはそう言って、パーティの仲間である、ジェス、マリラ、アイリスにそれを見せた。
盗賊のライは、街の噂に通じている。冒険者が生活していくための金を稼ぐのに必要な依頼を探してくることも多かった。
マリラはそれを見て眉根を寄せた。
「たかがスライム退治に金貨十枚? ただのスライムなんでしょうね」
裏がありそうだ、とマリラは言う。魔法使いのマリラは魔法の学園で学んでいたため、魔物にも一通りの知識がある。
「それは俺も思った。だから、冒険者に東の森で何か凶暴な魔物が出てないかって聞いてみたけど、特に何も。いつも通りの、初心者冒険者向けの森らしいぜ」
「ふーん」
「で、どうする? 受けるか?」
スライムのような弱い魔物を退治するだけで高い報酬がもらえるのなら、確かにうまい話だ。こういう話は早い者勝ちだから、他の冒険者に先を越されないうちに、依頼主の所へ行って話を聞かなくてはいけない。
「受けよう。スライムとはいえ、困っている人がいるなら、退治しないとね」
そう言ってジェスは、剣を持って立ち上がった。アイリスも頷く。剣士のジェスは、このパーティのリーダーだ。彼がそう言ったなら、依頼を受けることは決定だ。
「本当に大丈夫かしら……」
マリラは最後まで乗り気ではなかった。そのマリラに、アイリスがそっと笑い掛けて囁いた。
神官のアイリスは、このパーティで一番若い。まだ幼いと言ってもいい少女だ。
「きっとジェスさんは、報酬が銅貨一枚でも受けたと思いますよ」
「そうね……竜を退治しろって言われても請けたかしらね」
マリラはふう、とため息をついた。
依頼主の男性は、太った貴族だった。ジェス達を見て、明らかに不満げな顔をする。
「そちらの剣士と、盗賊らしいお二方はともかく……そちらのお嬢さん達は、魔法使いと、神官、ですかな」
「……何か問題が?」
マリラは長い金髪をかきあげながら、少し憤慨したように尋ねる。女性だといって馬鹿にされたのだと思ったのだ。
「いや、その、スライムに、魔法を使われては困るのでね……」
「魔法が、効かないスライムなのでしょうか?」
アイリスは、そう尋ねた。強い魔物には、そのようなものもいる。
「いや、そうではないのですが……魔法使いの方はスライムを火の魔法で倒したり、あと、神官の方に至っては、魔物を消滅させてしまったり、なさるでしょう」
男の言っていることが分からなかった。火に強い魔物でない限り、マリラは炎の攻撃魔法を使うことが多い。アイリスにはまだ使えないが、高位の神官は魔法で魔物を消し去ることもできる。
「それが、駄目なのですか?」
「それでは困ります。生で刺身にできなくなりますし、焼くにしたって火加減というものがありますからね」
「げっ……」
マリラは絶句した。ライもジェスも、刺身という言葉を聞いてようやく理解したらしい。確かにあの依頼には、『退治』ではなく『狩り』とあったような。
「私は、スライムを食用に狩ってきてほしいのです」
男の腹がぷるんと震えたのが、スライムのようだった。
東の森には、スライム以外にも魔物が出る。一応、万が一のことがあってはいけないと、パーティ全員で森に出た。だが、特に何も問題はなく、ジェスとライの二人がスライムを倒して袋に詰めていく一方で、マリラとアイリスはそれを眺めているだった。
「あのスライム……食べるんですよね」
アイリスは、ぷるぷるのスライムを眺めながら言う。どう調理するのかは分からないが、喉に詰めてしまいそうだ。
「食べられるといえば、食べられるわよ……」
ゲテモノだわ、とマリラは気持ち悪そうにしていた。
「ま、いいじゃないの、楽して儲かるんだし。貴族ってのは金払いがいいね」
そう言って、ライはいっぱいになった袋を抱えた。ぷよぷよの感覚が、袋越しにも伝わってくる。
「そうだけど」
「贅沢っていうのは、美味い物を食うことじゃなくて、人が食べてない物を食うってことなのさ」
そうかもしれない、とマリラは思いつつ、しかし、これだけは言っておかずにはいられなかった。
「スライムって、貧乏人が飢饉の度に食べてきたのよ。言っておくけど、……かなり不味いわよ」
その後、大量のスライムを抱えて戻ってきたジェスたちを、太った貴族は喜んで迎え入れた。
だが、晩餐の招待を断ったのは、言うまでもない。