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008話



 ゲイツ・シューマンさん。


 現ギルド所属のランクA冒険者さん。


 元は、グレナ王国魔法省に所属していた。


 30代の頃に最愛の奥さんを病気で亡くした後、魔法省を辞めて旅に出る。


 世界各地を、冒険者として旅をして、極東の地に居心地の良い場所を見つけた後、暫くして体の不調が始まる。


 その当時のゲイツさん、60歳。


 命が尽きる場所は、最愛の妻の墓前がいい。と思い立ったゲイツさんは、グレナ王国へと戻る事を決意、痛む体に無理をさせつつの帰国旅を敢行。


 5年後、ようやくグレナ王国の地を踏んだのだが、体調が悪化したゲイツさんは途中で倒れてしまう。


 そして、タイミングが良いのか悪いのか、僕達登場で現在に至る。


「ハッハッハ!いやぁ、人生何があるか分からぬものだのぅ」


 ゲイツさんは、自分の生い立ちを、軽く話して聞かせてくれた後、僕の背中を何度となく叩いてくる。


痛いっ!

もう少し、力の加減して下さい!

ゴツい手が、滅茶苦茶痛いからっ!


「……本当に、すみませんでした」


 今の僕には、心の声を出すわけにはいかない。


 この痛みは甘んじて受けなくてはと、ひたすら土下座して許しを乞うしかないのだ。


 僕の隣では、不思議そうな顔しながらも、一緒に頭を下げているイリスがいる。


 勿論、イリスには全く否は無い。


 否があるとすれば……あの馬鹿女神だっ!


 そして、それを実行してしまった愚かな僕。


クソっ!

なんてモノを、イリスに渡しているんだ!

あの馬鹿女神はっ!

こんな事になるなら、初めから話しておけよっ!


 本当に、まさかこんな事になるなんて、思うわけないじゃないかぁ………。


 まさか、あの薬が病を治すだけじゃなく、若返りも引き起こすなんてさ。


 そうなのだ。彼は、つい先ほどまで瀕死状態のお爺さんだった。


 薬を飲ませたあと、顔の血色が良くなってホッとしたのも束の間、年齢を重ねた肌から皺が無くなり始めたかと思うと、張りまで戻りだし、気が付いたら、お爺さんがオジサンに見えるくらいに若返ってしまったのだ。


 その状況を目の当たりにした時、とんでもない事をしたと直ぐに後悔した。


 ……この人の人生を、僕が狂わせてしまったのだと。


「そうじゃな。お主達の名前を、聞いても良いかのぅ?」


 聞こえてきた優しい声音に、思わず顔を上げると、目の前にニッコリ笑顔のゲイツさんがいた。


「……カナタ・スフレールです」


「イリス・グラントなのです♪」


 笑顔ながらも、僕達の目を交互に見つめるゲイツさんの目は、何かを探る様な鋭さがあった。


「カナタとイリスか、良い名じゃのぅ」


 そう呟いて目を閉じながら、何やら思案中のゲイツさん。


 そんな彼の様子に、少し戸惑いを覚える。


 彼の大人な対応が、僕には逆に怒りを溜め込んでいるように見えてしまう。


 暫くして開けた目には先程の鋭さはなくなり、こちらに向ける視線が、前世の祖父を思い出させる。


「起こってしまった事は、仕方がないしのぅ。だから、後ろを振り向かず、前を向いて進むしかないのぅ」


 僕の肩に手をポンと置きながら、笑うゲイツさんを見て、僕は彼の優しさを知る。


 その強くて優しい眼差しに、やっぱり祖父の姿を重ねてしまって、無性に胸が苦しくなる。


「何で……。何で、笑っていられるんですか?僕は、ゲイツさんの人生を狂わせてしまったのに……」


 僕の脳裏に、祖父との思い出がフラッシュバックする。


「……僕の行為は、長い人生を歩いてきた貴方に対する冒涜なのに。」


 祖父はある時、癌を患ってしまった。


 少しの寿命を引き延ばすために、苦しい治療などお断わりだと言っていた祖父。


「カナタ様は悪くないのに、どうして先程から謝っているのですか?なのです」


 でもある時、祖父の病状が悪化して。


 母さん達は、医者に延命治療を頼んだ……。


「お爺さんが元気になって、ついでに寿命も延びたのですから、ココは喜ぶべき。なのですよ」


 祖父は、僕に言ったんだ。


 『延命治療なんてもんは、1分1秒でも長く生きたいと望む奴らがするもんで、望まない奴らからしたら、それは地獄でしかないんだぜ。家族には悪いがな』と。


「むしろ、お爺さんは選ばれたのですから、誇りを持つと良い。なのですよ」


 なのに、母さん達のせいで。

 祖父は人生を終えるまで、苦しんだんだ。


「ーー黙れよっ!」


 優しくて温かい笑顔の祖父が、僕は大好きだったんだ。


「何が、誇りを持つと良い。だよ!お前、何様なんだよ!」


 最期の祖父の顔は………泣き跡が残る悲しい顔だった。


「お前、何も聞いてなかったのか?この人はなぁ!最期は最愛の人の側で、って決めて戻って来たんだよ!5年もかけてだぞ!それがどれだけ大変だったか、理解は出来なくても、想像くらい出来ねえのか?お前達の薄っぺらな、5年と一緒にしてんじゃねぇ!」


 許せなかったんだ。


 最期まで祖父を苦しめた、母さん達の事。


「お前達天界人は、下界人の事を何だと思っているんだよ!ジオラマの中の人形じゃねぇんだぞ!自我のある人間だ!管理してる立場だろうが、何だろうが、ゲームじゃないんだよ!人の行き死にを自分の都合で変えるんじゃねぇ!決めるのは、この世界で生きている人達だ!」


 だから、僕は決めたんだ。


 相手が望まない事は、何があってもしないと。


「……本当に、その通りですね」


 途端に先ほどまで、抑える事ができなかった激情が、潮の満ち引きの如く、サァァと引いていくのを感じながら、僕は振り返る。


 ここにいるはずのない人物が、僕の目の前にいる事に驚愕する。


 そこには、女神が降臨していたーー

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