076話
「――でさぁ、オマエらは何しに来たわけ?ココ奪いに来たの?それとも、プレイヤーの様子見?まさか、本当にPKを……」
「……もう、アンタ黙れ」
僕は、右手の人差し指と中指を、木下謙二に向けた。
「沈黙せよ」
僕が唱えると、クズの口にまるでチャックが付いていたのかと思うくらいの如く、ジーと左から右へと閉じていく。
そして、暴れられても困るので光の輪で、両手両足を拘束しておく。
突然の出来事に、目を大きく開き、再び涙を浮かばせているその瞳の中には、僕に対しての畏怖の感情が見て取れた。
……本当に、殺されると思っているのかもね。
「――命は奪いません。ですが、これから話す事は、全て嘘偽りのない事実です。なので、しっかり聞いてくださいね」
そして、僕はココの世界がゲームではなく、オールスラントというリアル世界で、木下謙二がいた世界と同じ様に、ココに住んでいる者はキチンと命があり生活を営んでいるなど、この世界の事を詳しく教え、僕達がこの場所に来た理由も次いでに説明しておく。
「分かりましたか?理解できたのなら、首を縦に。逆なら、首を横に振ってください」
「…………」
木下謙二は、静かに縦に首を動かした。僕の話を聞いて、初めは目を見開き驚き体が小刻みに震えていたが、次第に気持ちが落ちていてきたのか、ジッと耳を傾けていた姿が、何となく素は真面目な青年を思わせた。
ほぼ僕と同じ教育を受けているのだから、倫理だったり道徳といった概念は彼にもあるハズだと思いたい。
「――という訳で、木下さんのこれからの処遇なのですが……」
と、ここでタイミング良く僕の鞄から電子音が鳴った。
中に手を入れて掴み取り出したのは、姉さんからの手紙。
僕は、話を中断して手紙の内容に目を通す。
……良かった。
さすが、僕の女神様だ。
「木下さんの処遇は、天界が決める事になりましたが、その前に……」
ここで初めて僕は、木下謙二に近付き、彼の身に付けている腕輪に触れた。
彼は、僕の行動に一瞬ビクッと体を揺らしたが、それ以上は身動きが取れない為に大人しく自身の左腕を見つめていた。
僕が腕輪に触れると、微かに発光した後、パカッと素直に外れた。
そして、再び彼との距離をあけた僕は、彼の口と拘束を解除する。
光の輪が消えたのが分かったのか、恐る恐るといった様子で、手足を動かし始める木下謙二の姿を眺めながら、僕は話しかける。
「ところで、コレで石像を100体作ったら、願い事がって言っていましたけど、どういう意味ですか?」
「えっ?あぁ、さっき話したヤツが言ったんだよ。ソレくれた時にさ、100体集める事が出来れば僕の願いが形になるって」
「木下さんの願い事って何だったのです?」
「――そんなの決まっているだろ!僕以外男がいない世界!ハーレムだよぉ!」
…………………。
……………。
………。
ハッ!
しまった。
一瞬意識が飛んでいた。
僕の意識が、天界の彼方へと飛ばされ戻って来た後も、木下謙二はビシッと右手でサムズアップしたまま、尚も「決まった」とか「これでしょ」などと言っている。
……正真正銘、本物のバカがいる。
「それで、そのハーレム生活を手に入れて、欲情の日々を送りたいと」
僕は手の中にある腕輪を弄りながら、木下謙二を見る。
「ハッ?馬鹿っ違ぇよ!僕は、ただ毎日好みの女の子達に囲まれながら、食事の時は「はい、ア〜ン♪」とか女の子の柔らかい膝枕で、優しく耳掃除とか……」
始めは勢い良く話し出した木下謙二だったが、徐々に声に勢いが無くなっていき、両手の人差し指をツンツンしている。
おそらく、話していて恥ずかしいという感情が芽生えたようだ。
ええい!
野郎の両指ツンツンなど、全く可愛くないわ!
その仕草は、可愛い女の子の特権なんだぞ!
「キャッキャッ、ウフフ。が、僕のハーレム生活だ。決して、ムニュムニュなんて……」
「ムニュムニュ?」
「ーーだから!そんな欲情のはけ口なんてしねぇって言ってんの!」
照れ隠しなのか、顔を真っ赤にしながらも、怒鳴るように話す木下謙二。
……なるほどね。
だから、精神汚染までいかなかったのか。
不意に、彼の周囲が光に包まれ始める。
「な!?今度は何だよぉ!」
「……どうやら、時間切れのようです」
「どういう訳か、教えろよ!」
そうしている間にも、光の濃さが増していく。
「それは、行った先の方に聞いてください」
「……バイバイ。なのです」
「うわっ!キミ、メッチャ声可愛いじゃん!良かったら僕と……」
イリスに何か言いかけていたが、そのまま光の中へと木下謙二は消えていった。
そして、彼が座っていた椅子と石像達が残され、先程の煩さが無くなり辺りは静寂がやってくる。
「……行っちゃったね」
「もう少し、話したかったですか?なのです」
右手にその温もりを感じながら、イリスの顔を見る。
「え〜、嫌だよ。煩いし……」
「でも、笑っています。なのです」
イリスに言われて、思わず顔に触れると、頰の筋肉も広角も上がっていて、確かに僕は笑っているようだ。
確かに、イリスの言う通りだったかも知れない。
久しぶりに、日本人と会話をして少しだけ気分も高揚している自覚もある。
……だけど。
「寂しくはないかなぁ。僕には、イリスや旅の仲間がいるからね」
僕の心情を気遣う、心根の優しいイリスの頭に手をやりながら微笑むと、彼女も同じ様に微笑みを返してくれる。
「ーーさて、ずっと石のままでは彼女達も辛いよね。解放してあげないと」
「ラックも喜ぶ。なのです」
「……忘れていた」
お互いに顔を見やり、クスクスと笑い合う。笑い合える誰かが居るって、幸せだと思う。
だから、僕はこのままで良いと思えるから、寂しくはない。
「解放せよ」
腕輪を高く掲げて唱えると、腕輪から幾多の様々な光達が、四方八方へと飛び散っていく。
……命の光。
「これで、元通りだね」
「はい。なのです」
一騒動も無事に解決して、僕達の間には安堵した空気が流れ始めていた。
「ーー貴様ッ!姫様に何をしたぁ!」
訂正、どうやら一難去ってまた一難のようです。




