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007話



「カナタ様、ヒトがいます。なのです」


「お、第1村人発見?」


 草原を抜けた僕達は、道らしきモノを見つけ、それが村に続いているのを祈りながら歩き出してから、暫く経った頃、初めてこの世界の住人と出会う。


 だけど、イリスが示す方向には人の姿はなく、黒い物体があるだけ。


 ん?

 あの黒いカタマリが人なのか?


「カナタ様、アレ死にかけ。なのです」


「そっかぁ、死にかけかぁ」


…………………。

……………。

………。


「――それって、瀕死って事でしょ!?」


 僕達が黒い物体に近付いて行くにつれ、黒い理由が明らかになる。


「魔法使い……さん?」


 黒マントに身を包んで倒れていたから、僕達には黒物体にしか見えなかったらしい。


 白髪混じりのロングヘアで、長い白髭を生やしているいかにも魔法得意です。的な外見のお爺さんが倒れていて、イリスの死にかけ発言の通り、顔色が土色になっている。


 外から見る感じには、流血は見られないから怪我をしているわけではないようだ。


「お爺さ〜ん!大丈夫ですかぁ!」


 取り敢えず、呼吸は微弱だがしている様子なので、声かけてみる。


 それにしても、旅の途中に行き倒れとか嫌だなぁ。


 こういう場面に遭遇して、改めてこの世界が前世での僕が生きてきた場所と違うのだと、否応なく実感する。


 これから僕は、幾度となく人の生死を経験していくのだろう。


 まだ、僕達の旅始まったばかりなのだから。


 考えないようにしていた事が現実になった時、その時の僕は何を想い、何を感じるのだろう?


 恐怖か?歓喜か?嘆きか?それとも……。


「……ん」


 何度か呼びかけていると、お爺さんの体がピクリと反応したと同時に、口元が僅かに動くのを確認できて、僕は取り敢えず安心する。


「どうしよっか」


「このまま、放置しますか?なのです」


「放置かぁ。……いやいや、放置はマズいでしょ!」


 なんだろう?イリスは不思議そうに、僕を見てくるけど、こんなこと思う僕がヘンなの?


 もしかして、死にかけの人は放置するのが、この世界では常識なの?


「ん。では、これなのです」


 イリスは、鞄を下ろして中から小瓶を取り出し、僕に差し出してくる。


「コレは何?」


「おクスリ。なのです」


 薬ねぇ。

 僕は、イリスから受け取った小瓶を眺める。


 何コレ?

 色が毒々しいんだけど。


 口では表現出来ない色をしている、見るからに怪しい薬をお爺さんに飲ませるか迷う。


 一方、悩む僕を他所に、イリスは小枝を使ってお爺さんの体をツンツンしている。


 うん。

 よく分からないけど、和むからOKだ。


「アナベル様から言われていた。なのですよ」


「姉さんに?」


「最初に出逢った人を助けなさい。なのですよ」


 姉さんが?

 何?ソレ。

 何かのフラグなの?


「確か、観光には案内人が必要でしょ?なのですよ」


「……案内人かぁ」


 観光と言えば、僕が最初に浮かんだのは中等部で行った修学旅行。


 団体の学生の先頭を旗を持って歩いている、バスガイドの女性を思い出す。


 いくら、本でこの世界の知識を取り入れたといっても、細かい所までは分からない。


 だったら、この世界の事を知り尽くしているであろう住人に、教えてもらった方が良いに決まっている。


 世界図は本で確認したけど、細かい地図は確認出来なかったから、森を抜けたら草原なんて知らなかったのも、それが理由だし。


 あ〜。

 高等部の修学旅行は、イギリスだったんだよなぁ。

 あと、2ヶ月だったのに。


……行きたかったなぁ、イギリス。


「でも、何で今教えてくれたの?話す機会は、何時でもあったと思うんだけども」


「……ゎ………なのですよ?」


 僕の問いに、何やらモジモジし始めながら、聞き取りに困難な声で言うイリス。


 うん。

 理由は分からないが、恥ずかしがるイリスは可愛い。


 でも、小枝でお爺さんの頬を、グリグリするのは止めてあげよう?


「〜〜っ!忘れていました。なのです!」


 僕のほっこり視線を、責めている視線と勘違いしたのか、イリスには耐えられなかったようで、立ち上がり深く頭を下げた。


「そっかぁ。忘れていたのかぁ」


 あまりにも下界に来れたのが嬉しくて、アナベル姉さんに言われていた事をマルっと忘れていて、お爺さんを見て思い出した。という事らしい。


 そういえば、下界に降りる時も降りた後も、終始はしゃいでいたイリスの姿を思い出す。


「ごめんなさい。なのです」


「良いよ。僕は気にしてないし、今聞けたから問題ないよ」


 しょんぼり顔のイリスの頭を撫でると、それでも笑顔を見せてくれて安心する。


「じゃあ。姉さんの言う事なら、使ってみますか」


 小瓶の蓋を外すと、コレまた何とも形容し難い匂いが漂い始め、思わず鼻を指で挟んでしまう。


 お爺さんの口へと小瓶を近付けると、お爺さんの顔が気持ち歪んだ気がする。


 意識が混濁している人にさえ、反応させてしまうとは、恐るべし姉さん。


 申し訳ないと思いつつ、口を開け一気に小瓶の中身を流し込んだ。


 お爺さんの喉がコクリとしたのを確認した僕達は、取り敢えず距離をとって様子をみる。


 すると、お爺さんの顔色が良くなり始めたと思った時、パチリと目が開いた。


「……ここは?」


 体を起こしたお爺さんは、周囲をキョロキョロ。


 そして、僕達の存在に気付いた。


「お主達は?」


「………」


「どうした?」


 言葉が出せない僕は、イリスのコートの裾を引っ張り、会話を促してもらう。


「お爺さん、行き倒れていた。なのです」


「おぉ!そうか……儂は倒れておったか。確かにのぅ、体の調子がここ最近悪かったからのぅ」


 白い顎髭を撫でつけながら、何処か遠くをみている様子が少し悲しそうだなと、僕はそう感じる。


「クスリ飲ませたから、もう平気。なのです」


「薬?お主達が、儂を助けてくれたのか。それは礼をせねばの。この老いぼれを助けてくれて、感謝する」


 胡座をかき両手で支えながら、頭を下げるお爺さん。


 このお爺さんは良い人だ。


 今までの人生を、きっとお爺さんは悔いてはいないに違いないと、僕に思わせるくらい穏やかな笑顔を浮かべているから。


 そんな、お爺さんの姿を見ていた僕は良心の呵責に耐えきれず、気が付いたら思いっ切り頭を下げていた。


「お爺さん!ごめんなさいっ!」

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