074話
『……何、コレ?』
『何かの尾。なのです』
言われてみれば、幾つもの節がありその先っぽは鋭く尖っていて、イリスに尾と言われて、真っ先に思い浮かんだのは、蠍の……。
「ーーお、オマエ!何してくれちゃってるわけぇ!素直に刺されろよ!」
……嫌だよ!
何故に、素直に刺されないといけないのか。
まるで子供の様に、地団駄を踏みながら悔しがるクズは理不尽な事を言い始め、僕に叩かれた蠍の尾に似ているソレは、先程とは幾分元気なくおずおずとクズの側に戻っていく。
……まぁ、元気はないよね。尖端部分、さっきの衝撃で欠けちゃったし。
あの様子では多分、もうクズの目的は果たせないだろう。
「ーー何だよぉ!コレ!割れてるじゃん!コレじゃ、もう石に出来ないじゃん!もう!どうしてくれるんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
……あ、泣いた。
『泣きました。なのです』
『うん、泣いてるね』
「……グズッ…うっ……折角、頑張って…きたのに……ヒック……うぅぅ」
ゴシゴシと手で流れる涙を拭いながら、クズは本当に子供の様に泣きじゃくる。
……何だろう。
この、納得いかない感じは。
この状況を第3者が見たら、きっと此方が悪者に映ることだろう。
「人が折角、フィギュア集めに没頭していただけなのに……」
おろ!?
コイツ、突然何言いやがりますか!?
「突然やって来たイケメンに…邪魔されるなんて……100体集めれば…願い事が……」
泣き顔そのままに、クズは椅子に座り直しながら、口からはグチグチと問題発言を紡ぎ出す。
……もう、限界です!
「は~い、タイム~!」
「ーー何だよぉ!今度はなんなんだよぅ~っていうか、オマエ!言葉話せんのかよぉ!」
両手でT字を作りながら発した僕の言葉に、クズは体を強張らせつつ、それでも愚痴る事は忘れない。
「……質問です。あなたのお名前は?」
「突然、何聞くんだよぉ」
半泣きのクズは、僕の質問に当たり前のごとく戸惑いを見せるが、僕にとってはそんな事はお構いなしだ。
「……あなたのお名前は?」
再び、ぼくが質問を投げ掛けると今だ零れる涙を拭きつつ、口を開く。
「ーー謙二」
……けんじ。
僕の耳に確かに届いたクズの名前。
それでもと、僕は三度質問する。
「……あなたのお名前は?フルネームで」
僕の質問の意図が分かるハズもないクズは少し苛立ちを見せ始め、カツラの取れた自身の地毛であるマッシュルームヘアの黒髪を掻き始める。
「ーーあぁ、もう!木下謙二ぃ!これで、いいかよ!……なんなんだよったく」
……木下謙二。
久しぶりに聞いた言葉の響きに、思わず僕は泣きそうになった。
「……カナタ様」
こういう時は決まって、イリスが僕の右手を握ってくれる。
本当に、心地よくて暖かいイリスの優しさが嬉しい。
僕は、そんなイリスに笑顔を見せつつ、核心の質問をクズに投げ掛ける。
「……ということは、木下さんは日本人ですか?」
「あぁ、そうだけど。だから、何?」
……あぁ、居たんだ。
しかも、前世の僕と同じ日本人。
不覚にも、胸の奥がジ~ンとなってしまう。
……でも、その相手が最低のクズなのには納得がいかないけど。
「……チェッ」
「ーー何で、舌打ち!?」
この世界にも、天界曰くバグ扱いで、たまに別の世界から落ちてくる者がいるらしく、その者達を、この世界の人々は総称で、『稀人=まろうど』と呼んでいるらしい。
先程述べたように、天界にとってはその存在はバグ扱いなので、見落としの対象となる為に、僕の時とは天界からの待遇が180度変わってしまう。
簡単に言ってしまえば、稀人に対しては、基本放置されるということで、この世界でどう生きようが、最悪野垂れ死のうが、天界では何もしないという位置付けなのだ。
「ーーだから、なんだよ。質問ばかりしやがって、答えろよ!」
僕とのやり取りで、何やら元気を取り戻した様子のクズもとい木下謙二。
……ま、元気になってなにより。
答えるつもりはないけどね。
「……ねぇ、木下さん。ココが違う世界ということは理解していますか?」
「また、質問かよ。ーーあぁ、知ってるよ。MMORPGって言いたいんだろ」
……は?
MMORPGって、アレだよね。
パソコンやVRゴーグルを使って遊ぶ、大規模多人数型のオンラインゲームの事だよね。
「ったく。どういう理由で、フルダイブ出来たのかは分かんないけどさ。人が折角、クエストを楽しんでいたのに邪魔しやがって、もうクリアー出来ないじゃん!」
今度は、頭を抱えだして吠え始めるが、コイツの余りにも意味不明な言動に、此方こそ頭を抱えたい気分だ。
「コイツ、頭大丈夫ですか?なのです」
「本当、そうだよねぇ」
面倒な雲行きになってきたなぁ。




