071話
今僕達の目の前には、大きな扉がそびえ立ち立ち塞がっている状態だ。
ラックが言うには、想い人を自分の力では助けることが出来ないと悟り、村の者達の力を借りようと扉から飛び出した途端、扉が閉まったらしい。
中には、想い人が。残して行くなんて出来ないと思った彼は、手で殴ったり足で蹴ったり、最終手段で大剣で切りつけたのだが、扉は一向に開く気配を見せなかった。
「彼女を追いかけて中に入ったと言うことは、この扉は開いていた。なのです」
「自動で閉まった?……へぇ」
「俺は、あれから何度もこの扉を開けようと挑戦したんだ。でも、全く……」
再び悲壮な表情を見せ始めるラックの肩に僕が手を置くと、彼は微かに笑って頷いてくれた。
どうやら、彼は僕が慰めてくれると勘違いしているようだ。
「いや、君邪魔だから」
「へっ?」
ポカーンと口を開けたまま、フリーズするラックは後ろへと押しやり、放置決定。
「イリスさん、出番です!」
「はい。なのです」
僕に名前を呼ばれたイリスは、意気揚々と扉の中央に立ち、右の掌で扉に触れる。
すると、イリスが触れた扉の部分に淡い光が集まり始めたかと思ったら、静かに見た目重そうな扉がゆっくりと横へスライドしていく。
「開いたぁぁぁぁぁぁ!……へっ、でも何でだ?俺が何度やっても開かなかったのに!」
扉が開いたことにより、それまでフリーズしていたラックが喜びの声をあげつつも、不思議ではあるらしい。
「簡単だよ。この扉は、女の子が好きなんだよ」
「男は、ノーサンキュ。なのです」
「なんだよ、それ」
僕達の言葉と、実際に扉が開いたことにより、ラックは全身全霊脱力している。
開いた扉の先は、洞窟内よりも闇が深かい様に感じられる。
……あぁ、嫌な感じしかないなぁ。
洞窟に入った時に感じた気配が、ここに来て一段と色濃くなっているのだ。
「……入らないのですか?なのです」
「う~ん。入るのは、僕とイリスで」
「ーーオイ!俺はっ!?」
振り向くと、単細胞の白狼族が人差し指で間の抜けた自分の顔を差し、反対の手でこちらに向かって手を振ってアピールをしている。
「留守番かな」
「留守番。なのです」
「何でだよ!俺はっ、ダリアを助けなくちゃなんねんだよぉ!」
もうすぐ想い人に会えるというというのに、ここまで来てお預けをくらった形になって、高まった気持ちを抑えきれずに半ば叫びに近い声をあげるラックに対し、僕の心は思った以上に冷えていた。
「彼女を想う気持ちは本物だと思うケド、それは命あっての物だと僕は思うけどな」
「……何が言いたいんだよ?」
僕の言葉の意味を彼は理解できなかったようで、軽く僕を睨む。
「ラックは、弱い。なのです」
「はぁぁぁ!?俺は強いっ!コイツなんかよりも、なっ!」
ビシッと勢いよく指を向けられ、コイツと言われた事に、久しぶりに僕の中の傲慢カナタが表に出てくる。
……ダメだ。彼のは、売り言葉に買い言葉のやつだ。
「……僕が、君よりも……弱い?」
掛けていた眼鏡を外し、僕の事を弱いと言い放った単細胞の白狼族青年に、視線を合わせる。
そう、彼が僕に向けてやった威圧を加えたガン飛ばしを、だ。
だけどそれは真似だけで、実際はただ彼を見つめただけ。
「ーーうぐっ……かはっ」
直後、彼は胸を押さえて蹲り、呼吸をするのも苦しいのか、口を大きく開けて息を吸う素振りを見せ始める。
1対1だと力を示すのであれば、こっちの方が手っ取り早い。
「……これでも。君は、僕よりも強いと言えるのかい?」
そんな彼に近付き見下ろす僕の目はきっと、ブリザード並に冷たいものだろう。
蹲り苦しんでいる彼に、先程の威勢など微塵もなく、力強い正義の光に満ちてた瞳は、恐怖や怯えの色に変わっていた。
……圧倒的強者を目の前にすると、そこには絶望しか無いんだな。
外していた眼鏡をかけ直すと、傲慢カナタもスッキリした様子で大人しく奥へと沈んでいく。
若干、やり過ぎた感は否めないが、それでもやってしまった事実は覆ることは出来ないわけで。
少し気まずさを隠そうと、イリスを見ると彼女は……笑顔で怒っていた。
「カナタ様、メッ!なのです」
腰に手をあて、頬を膨らまして「メッ!」という彼女は……超絶可愛い。
ではなく、メチャメチャ怒っていらっしゃる。
「……ごめんなさい」
こういう時は、言い訳などせずに素直に謝るしかない。
「カナタ様の眼は、特別。なのです」
「……はい」
この身体になる前の僕は、近視で眼鏡を掛けていたから、鼻に適度な重さがないと落ち着かないという理由で姉さんに創って貰った眼鏡だけど、それ以外にも僕が眼鏡を賭ける理由がある。
それは、僕の目が特別製だから。
僕の身体を創る時に、張り切った姉さんが僕の目に神力を注ぎ過ぎた為に、裸眼のままだと生活に支障をきたしてしまうくらいのレベルになってしまったのだ。
裸眼のまま、僕と視線を合わせるだけで下界人は、畏縮ひいては失神してしまうというもの。
天界人に関しては、高位なら大丈夫だがそれ以外だとダメらしいので、それをカバーするために、この眼鏡には特別な加工が施されている。
「悪かった……」
異常状態から解放されて、幾分落ち着いたのか、耳も尻尾もたたんでラックは土下座をしていた。
「口は災いの元。なのです」
「分かんない言葉だけど、分かった」
……それ、分かってないじゃん。
今、口を挟むとまたイリスの機嫌を損なう可能性があるから、言わないけど。
「ラックはお留守番。なのです」
「……はい」
こうして、軌道を修正できたところで、僕とイリスは扉の向こう側へ足を踏み入れた。




