070話
「……ここが、そうなのか?」
「あぁ。だけどもう少し、奥だ」
ブリタ村の獣人、白狼族のラックの話を聞いた僕とイリスは、彼に連れられて村がある山から離れ、本来僕達が向かう予定だったアルバ共和国とグレナ王国の国境付近まで来ていた。
そこから、少し南下した山の中の洞窟に僕達はいる。
ラックの話は実に単純明快で、彼の想い人を助けてくれということだった。
まぁ、2人がどうして洞窟に来ることになったのか、どうして彼の想い人が囚われの身になったのか、どうして村の者達には話していないのか等、色々と彼はキチンと話してくれたんだけど、マルっと忘れた。
……ぶっちゃけ、他人の恋バナに興味などない!
そんな僕とは違い、イリスは熱心にラックの話に耳を傾けていたケド。
……前のめりに!ね。
時折、頬に手を当てながら目を閉じてブツブツ何事か呟いていたけど、よく聞こえなかったんだよな。
女子ってどの世界でも、恋バナは好物らしい。
そんなわけで、正直僕は乗り気ではなかったのだけど、イリスの方に火が着いちゃったら僕には止める事なんて出来るはずもなく、なし崩しにここまで来てしまったのだった。
……それにしても、この洞窟嫌な感じしかしないんだけど。
暗いのは仕方がない。
だって、洞窟だし。
霊感がなくても、「なんかヤバいみたいな?」っていうのはこういう時に使うものなのだろう。
「あの、イリス?これ以上進むのは……」
繋いでる手を軽く引っ張りながら、ダメ元でイリスにお伺いをたててみる弱気な僕に構う事なく、歩く速度を弱める事なく前のめりな彼女。
「いいから、進む。なのです!」
「……はい」
若干、立場逆転してない?と、思いつつも素直に従うしかない情けない僕。
「…………」
……はい!そこの単細胞の白狼族の男、僕に憐れみの目を向けるんじゃない!
こんなに好奇心いっぱいなキラキラした目をしている彼女を止めるなんて誰にも出来ないんだ。
足場の悪い洞窟の中を奥へと暫く進むと、そこは行き止まり。ではなく、目の前には大きな扉が現れたのだ。
「この中に、ダリアがいるんだ」
軽く扉に触れながら言うラックの声が、切なく洞窟内に響く。
「……確認だけど、本当に原因は分からないんだね?」
「あぁ。俺が彼女を追うようにこの中に入って……そしたら、ダリアの叫び声が聞こえて……だけど、見つけた時には……もう」
当時の事を思い出しているのだろう、ラックは無力だった自分を責めるかのように、両手を強く握りしめ下唇を噛んだ。
そんな彼をボンヤリ見ながら、僕はこの世界に来ることになった出来事を思い出す。
……彼は、僕とは違う。
状況も関係性も全く異なっているのに、どうして思い出してしまったのだろう。
あれから、随分と時は経っているというのに、不意に思い出してしまう。
……本当に、あの時の選択は正しかったのだろうか、と。
もう、戻れないあの世界で生きている両親を、友人達を、そして彼女を……
「カナタ様?」
強く手を握られていることに気付き、意識を戻すとイリスが今にも泣きそうな顔で僕を見上げている。
……あぁ、またやってしまった。
イリスは、僕の心の機微に聡いんだった。
「えっと、ちょっとお腹すいたなぁって。あぁ!そういえば、朝食抜いてるし!腹へったぁ」
バレていると分かっていても、僕はわざと明るく誤魔化す。
「我慢する。なのです」
「えぇ。イリスさん、後生やでぇ」
それでも、フフフッと笑顔を見せてくれる優しいイリスに、僕は心の中で謝る。
……こんな情けない相棒でごめんな。
「……カナタ、助ける気あんのか?」
シリアスモードだったラックも、流石に僕達のやり取りを見て、呆れた様子で見てくる。
そのせいか、ラックの言葉が崩れてきているし。
「大体、君が悲劇の主人公チックなのがいけないんだよ」
「お、俺がいつそんなチックになったんだよっ!」
「「この中に、ダリアがいるんだ」の辺りから。なのです」
「はぁ!声マネ上手すぎだろぅ!俺そんな感じだったのかよ、恥ずかし~!」
頭を抱えながら本気で恥ずかしがるラックは、どうやら弄られ体質ということが判明した瞬間だった。
「さて、サッサと問題片付けて、朝食にするぞ!」
「応!なのです」
「……俺、頼む相手間違ったかも。はぁ~」




