069話
まだ陽が昇りきらない時間。
僕はイリスに起こされ、眠たい目を擦りつつ彼女に手を引かれながら外へと出ると、そこには意外な人物が……土下座をしていた。
「……ラック?」
そう、土下座をしていたのは単細胞の白狼族の彼だった。
だが、彼は僕が現れているに気付いているハズなのに、一向に頭を上げる素振りを見せることなく、まるで石化の魔術でも掛けられたかの様に、微動だにしない。
……何故に、土下座?
土下座って僕が生まれ育った国やそこに近い国の文化だったような。
……この世界には、土下座が浸透しているんだなぁ。
しかも、その国の文化を正しく理解せずに使用している海外の『ひいらぎの森』で作られている映画とは違い、彼はキチンと土下座の意味を理解した上のようだ。
本当に、あそこで作られている僕の国をモチーフにしているものは、本当にひどい解釈で観ていられない。
話は変わるが、あそこがリメイクすると良作だった作品が駄作になってしまうのも困る。
あの、大人気アニメの実写化だったり、国民的有名な怪獣映画のリメイクなんて本当に酷かった。
……そのあとに母国で製作された怪獣映画は、きっと汚されたあの海外映画に対する意趣返しだったに違いない。
と、本当にどうでも良い事が浮かんできてしまうほど、僕の頭はまだ覚めていないようだ。
その間も、一向に動かないラックに僕は1歩近付くと、彼の体が微かに動く。
どうやら、石化にはなってはいなかったようだ。
その瞬間、彼の顔が上がり強い意志を感じさせる真っ直ぐなブルーの瞳が僕を捕らえる。
「神様っ!俺の…いや僕の願いを叶えてくれ!じゃなかった、くださいませ!」
僕とは明らかに正反対のテンションで、一気に捲し立てるラック青年に僕的には少し引き気味で彼を見下ろすしかなく。
「……神様って誰の事?」
伝えたいことが言えて満足気味の、先程よりも緊張感の無くなった彼は、僕の視線が再びバチッとあった瞬間、急に落ち着きがなくなり泳ぎ始める。
「ゲイツ様が。お前…じゃなかった、あなた様が神様で何でも願いを叶えてくれ…くださるって」
ラックは、ゲイツさんをリスペクトしているからといっても素直にマルッと信じているわけではないようだ。
尊敬しているゲイツさんを始めとする仲間達が僕の事を持ち上げているのは仕方がないにしても、見るからに華奢な「こやつ、出来る!」オーラなんて微塵も感じない、明らかに自分より体の小さい奴に対し、ブリタ村の者達までもが僕に頭を下げるのが不思議で仕方がないようだったし。
その証拠に、理由を話す時のラックは僕から視線を外しながら鼻を掻き、口も少し尖らせているのだから。
……正座は、継続したままだけど。
「……信じてないのに、どうして僕に頼み事をするのかなぁ~ふぁ~」
「…………ッ!」
心底どうでも良い彼の態度に答えながら欠伸をだす僕に、ラックは先程のしおらしい態度から一変、僕に威圧を加えたガンを飛ばしてくる。
睨まれた相手の力量によっては、思わず身体が萎縮してしまう効果をもたらすのだが……。
……全く、効かない。
この世界で僕を萎縮させる相手は、イリス曰く「皆無」らしい。
「些細なことでも縋りたいほど、君は切迫しているのカモだけど、残念ながら僕は神様じゃないし、何でも願いを叶えるほどお人好しでもないんだけど…ね」
ラックはよほど僕を見くびっていたようで、自分の威圧が効かないと分かった瞬間、それまでピンッと立っていた耳と尻尾がペタンと萎れてしまった。
……獣人って、嘘がつけない難儀な種族だよねぇ。
こうもあからさまにションボリした態度に出られると、僕としてはこれ以上強気な態度を持続出来るわけもなく。
首に手をやりながら、イリスに困った信号を送ると、彼女はコクンと頷いて繋いでいた手を軽く握り返してくれた。
……お、頼もしいイリスさん。
「カナタ様は、優しい御方。なのです」
そして、僕の隣で静かに控えていたイリスが口を開いた。
「事情、話す。なのです」
……言葉数、少なっ!
しかし、それでもラックは思うところがあったのか。それとも、誰かに聞いて欲しかったのか。
両手を足の付け根に添えて姿勢を改めたラックは、再び目線を僕へと向けて固く結んでいた口を開いた……。




