067話
「……獣人族の中には、好戦的な奴もおるのじゃ」
僕に手を引かれて歩いている姫華が、コッソリ教えてくれた。
確かに、僕等に近付いてくる者達は何故か広角を上げていたり挑戦的な眼差しを此方に向けていたりするが、この仕草が「オラァ!闘え!」とは断言できない。
……ま、相手の出方次第だなぁ。
因みに、僕等の中には誰一人として臨戦態勢に入っていない❨と言っても、その担当はゲイツ&イリス❩、通常運転のままである。
「ーー今、ラックをやった奴は誰だ」
最初に声をかけてきたのは、獅子系の獣人だった。着ているTシャツが筋肉によってピチピチになっている。握り締めている拳のゴツゴツ感は、はっきり言って凶器だ。
……アレで殴られたら、歯の2・3本は確実に失うなぁ。
なんて、暢気に構えていると不意に鋭い視線が、僕を刺す。
「……お前か?」
次は、虎系の獣人だった。
ゲイツさん以外は全員フードをスッポリ目深く被っており、一緒に入ってきたゲイツさんは彼等の中では除外されて、ラックを蹴り飛ばしたのは残った僕達の誰かだとニラんでいるらしく、僕達の4人を執拗に観察している。
……ま、当たっているんだけど。
でも、姫華も対象に入っているのはヘンじゃないかなぁ。
「ーー誰が、ラックをやったんだぁ!」
……あ、キレた。
威嚇しても、僕達の誰1人として無反応だったのが気に障ったのか、ラックと同族らしき男が、癇癪を起こして怒鳴り始める。
……コイツは短気過ぎるし、他の連中に比べ小物臭がする。
「コラ、やめんか」
僕達を囲んでいる男達を諌める様に近付いて来たのは、この村の長だった。虎系の獣人のおじいさんだが、戦闘力は普通に高そうな彼は、僕達を穏やかに見ながら間に入る。
「すまんのう、旅の者達よ」
しかし、油断してはいけない。最もヤバイ者は、穏やかさを装って近付いてくるのだ。目の奥の奥に、本心を宿したまま。
……面倒なことになっちゃったなぁ。
このままでは、円満解決は望めそうにない。
正々堂々と一戦を交えて納得させるか、何も言わずに一方的に仕掛けて静かにさせるか、はたまたーー
「……1つ、宜しいかのぅ」
ここに来て声をあげたのは、僕の前で盾になるかの様に立っていたゲイツさんだった。
「確かお主は、ラックと一緒に来た者。何かの?」
「ゲイツ・シューマンだ。この方にこの世界を案内しながら、仲間と共に旅をしておる者じゃのぅ」
「ほう。その者は、やんごとなき者と言うことかの」
ゲイツさんがチラリと背後にいる僕を見たのが分かったのか、村長も僕に視線を移す。
「そう取ってもらっても、構わんがのぅ。ラックは、この方に使ってはいけない言葉を使ってしまってのぅ。それに、腹を立てた従者が蹴り飛ばしたというのが、真相だのぅ」
さすがの大人なゲイツさん、力ではなく話し合いで解決を選択したようだ。
「だから、見逃してくれと……な」
しかし、仲間意識の高い獣人族は、話し合いでは許してくれないらしいです。
……はぁ、面倒くさい。
ここの所、好戦的な者に出会っていなくて、とても快適な旅だったのに。どうやら、まとまってやって来たようだ。
チラリとイリスを見ると、彼女は頷いてくれる。
……許可は出たけど、あんまり気が進まないなぁ。
僕が迷っている間でも、ゲイツさんと獣人族の連中の言い合いが続いていて、どんどんヒートアップしてきている。
そんな様子に対し、姫華もサクラもウンザリしている感じだ。
……仕方がないなぁ。
でも、大丈夫かなぁ。この人数を相手をするのは、流石に初めてだし。
しかし、この方法が1番手っ取り早いと思い直し、僕は心を決める。
「ーーな、なんだ?!」
「ヒッ……」
次第に、ヒートアップしていた獣人族の連中が異変に気づき始める。
しかし、気付いた時にはもう遅いのだ。1人、また1人と僕達を囲んでいた獣人族の男達が、意識を失っていく。その中には、口から泡を吹いている者もいた。それは、ラックと同族の男だった。
「ーーキ、貴様。この力は何だぁ!」
最初に、僕達に声を掛けてきた獅子族の男だった。彼は、片膝を地面につきながらも、原因が僕と分かったのか意識を刈られそうになるのを必死に抵抗しながら、睨んでいる。
……へぇ、粘るなぁ。
村長さんといい、この獣人といい、強い精神力を持つ者というのは希にいるんだね。勉強になったというわけで、僕は力の解放をその者達に免じて収める。
そう、僕がした事は単純明確。自身の力を滲み出しただけ。
完全に解放するのは、流石にダメなので。取り敢えず、僕的には20%位の力を解放しただけだ。
勿論、仲間達には一切影響が出ない様に配慮しているので、目の前に起きている光景に、ゲイツさんも姫華もサクラも呆然としている。
「こりゃ、参ったな。これ程までの力をお持ちの方だったとは」
地面に胡座をかいたままの村長は、僕を見上げながら清々しい笑いを浮かべていた。




