066話
「……カナタには、見えていないかの?」
「この、絵の中の飛んでいる者のことかな」
イリスさんの危険発言をスルーした僕は、少し寂しそうな表情で見上げる姫華に問い掛ける。
「そうじゃ。やはり、カナタには見えておらんのじゃな」
「……うん」
やはり寂しそうな姫華に、見えると嘘をついて喜ばせようかとも考えたが、見えないものは見えないのだ。
……嘘は、いつかはバレるものだし。
そんなことになったら、余計姫華を傷付けるだけだ。
それに、今の僕は自分の心には正直に。が、モットーだしね。
「私にも見えませんが、姫華さんにはこんな素敵な景色が見えているのですね」
スケッチブックに描かれた姫華の絵を覗き込みながら、サクラは感動しているようだ。
確かに、現実にこんな景色が見えているのなら、どれ程幸せだろうと思う。
「ーー飛んでいるのは、妖精。なのです」
突然の伏兵、ではなくイリスの発言に思わず彼女の顔を見るが、本人は至って冗談を言っているようには見えない。
「……これが、この世界の妖精か」
言われてみれば、納得はできた。
文献にも、その存在は記載されていたからだ。
しかしそれは、前の世界で誰もが知っている有名な妖精の代表キャラクターとは違っていたせいか、見ただけではそこまでの考えに至らなかったのだ。
まず、この世界の妖精には飛ぶためには必要であろう羽がついてない。その身にそれぞれの色を纏いながら浮遊している感じ。
色は、おそらく各々の属性の色なのだろう。
「これが、妖精なんですね!皆さん可愛らしいですね」
「そうなのじゃ。皆、素直で可愛いのじゃ」
ようやく、姫華の顔が笑顔になってくれたことで、僕は心の中でホッとしたのと同時に、イリスに感謝した。
僕の心を読んだみたいに、イリスは静かに2人に見えないように、ニッコリと微笑んでくれた。
……マジ天使な笑顔、頂きました!
「ーーほう。これが、妖精の姿。実に眼福ですのぅ」
不意に背後からの声に振り向くと、そこには僕らの待ち人と……余計なやつが1名立っていた。
「いくら魔力が高くても、人族には妖精を目視することはできませんからなぁ。希に声だけを聞くことができる者はおりますがのぅ」
「へぇ、そうなんだ。……で、何がどうなって彼が一緒しているのかな?」
僕が視線を向けると、気まずそうに頭を掻きながらソイツは僕から視線を逸らした。
「ここは、ラックが住んでいる村なんだそうですじゃ。カナタ殿達が一休みを考えているのなら、おそらくここにいるだろうと案内役もかってくれてのぅ」
……なるほどね。耳と尻尾の感じから見て、狼系かな。
ゲイツさんに、ラックと呼ばれた青年はよく見ると獣人族だった。
「気付くのが遅いのじゃ」
……あ、まただ。
だって仕方がない、興味がないやつを一々事細かに記憶に留めておくなど、僕の脳に仕事をさせたくはないし。
「さすがは主様です。私も、見習うことにしますね」
……って、またぁ!?
こうも心が読まれるってことは、僕ってそんなに思ったことが顔に出やすいのかなぁ。
「いえ、私達以外だとクールなカナタ様。なのです」
……そうなのか、知らなかったよ。って、また読まれたぁ。
正に心を許した相手にはってやつか。なら、良いかと気持ちを変える。
「ーーなぁ、ゲイツ様。本当にコイツ、強いのか?」
僕達のやり取りを、黙って聞いていたラックは呆れた感じでゲイツさんに尋ねている小声が耳に入った瞬間ーー「がぁぁぁぁぁぁ!」と、叫び声を上げて吹き飛ばされていた。
イリスが、奴の失言に切れて蹴り飛ばしたのだ。
……よかったね、タガーの餌食にならなくて。
相手の首元に自身の得物のタガーを突きつけるのが、イリス・グラントという少女の当たり前だったのだが。
どうやら、彼女はここに来て手加減というものを覚えたようだ。
「イリス、ありがとう。でも、僕は平気だよ」
「私が、平気じゃない。なのです」
大人しく僕に頭を撫でられながら、上目遣い気味で嬉しいことを言ってくれるイリス。
……ヤバイ、抱きしめたい!
しかし、紳士という名のヘタレな僕が行動に移せるわけもなく。ただ、笑顔を返すことしかできなかった。
「あんな奴、万死に値するのじゃ」
「そうですね。私の主様に対する暴言、許せません」
それに、僕の代わりにこんなに怒ってくれる子達がいるんだ。怒りよりも、嬉しさが勝っちゃうよ。
申し訳なさそうに僕を気遣うゲイツさんには、首を振って気にしていないアピールをしておく。
「ゲイツさんも合流できたことだし、そろそろ出発しようか」
そして、僕達が村の出口に向かおうと歩き出すと、不穏な空気をまとった村民の男達が進路を塞いでくる。
……あ〜あ。面倒なことになっちゃったよ。




