狐族の元巫女頭
ミカド皇国から旅立った妾の心の中は、希望に満ち満ちておったのじゃ。
見るもの全てが、万華鏡を覗いた時に見たキラキラと同じく輝いておったのじゃ。
しかし、突然それは訪れたのじゃ。
輝いていた日常が、暗闇へと変わったのじゃ。
それからは、己の身に何が起こっているのかも理解できないままに、抗う術も無いままに、ただ無為に力を搾取させられ続けられる日々の中で、妾の心は希望から絶望へと変わっていったのじゃ。
鉄格子から見える青空。
そこは、もう妾には手の届かない場所になってしまったのじゃ。
そう思った時、もう枯れてしまったと思っていた涙が頬を伝って流れたのじゃ。
……何故。
……妾だけが。
ーーこんな理不尽な目に合わなければいけないのじゃ!
ミカド皇国では、巫女頭まで努めた妾ぞ!
一心に民を想うて、神事を行ってきた者ぞ!
許せぬ!許せぬ!許せぬ!許せぬ!許せぬ!許せぬ!許せぬ!許せぬぞーーーーぉ!
もう幾ばくかしか残っていないこの命尽きた時、妾にこんな仕打ちをした輩全員、呪うて!呪うて!呪うて!呪うて!やるのじゃー――ぁぁ!
絶望から復讐へと。
気持ちが変化した妾の心の中は、不思議と落ち着きを取り戻しておったのじゃ。
おそらく、それは己の成すべき事を決めたからじゃと思うのじゃ。
何も感じず、何も見ず、恨み節を呟きながら、ただただ己の命が尽きるのを待つ日々は、ほんに楽だったのじゃ。
ーーそして、もうすぐ妾の命が尽きたようとした時、奇跡が起きたのじゃ。
「はじめまして、こんにちわ」
「なのです」
音も無く妾の前に現れたのは、人族の少年と少女だったのじゃ。
じゃが、2人の頭は人族では珍しい銀髪。
お揃いの上着を羽織っておったり、靴もお揃いのように見えるのじゃ。
兄妹かの?
突然の訪問者に、妾の思考は少しばかりおかしくなっておったのは認めるのじゃ。
「……誰?」
お主達は、誰じゃ?と言いたかったのじゃが、もうすぐ尽きる妾の声はコレが限界であったのぅ。
「う~ん。それは、僕の名前を聞いているのかな?それとも何者かって事かな?それとも敵か味方かっ
て事かい?」
妙にのんびり話すのぅ。
妾の命は、風前の灯じゃと言うに。
「……全部」
しかし、妾は嬉しかったのじゃ。
久方振りの会話が、とても心地良く思うたのじゃ。
だから、もう少し命を繋ぎ止めておきたかったやもしれぬ。
何より、この少年の笑顔を見ていると、ミカド皇国で見た万華鏡のキラキラを思い出すのじゃ。
随分長い事忘れておった遠い記憶の欠片が、彼らとの出会いで思い出したのじゃ。
それにしても、少年の眼鏡の奥に見える、緑青色の瞳がいつまでも見ていたいと思えるくらい、万華鏡のキラキラに負けないくらい綺麗なのじゃ。
「そっか。では、僕の名前はカナタ・スフレール。で、彼女が――」
「イリス・グラント。なのです」
おろ?
何やら姓が違うようじゃ。
そういえば、よく見ると少女の方は蒼色の瞳なのじゃ。
2人は、兄妹ではなかったようじゃの。
耄碌したとは、こういう事を言うのかの。
フフフ……。
妾の中に、まだこんな巫山戯た考えが浮かぶなぞ露ほどにも思わなんだのじゃ。
楽しいのぅ。
ほんに。
彼らとのやり取りは楽しいの。
「で、何者かは一先ず置いておいて。敵か味方かでいうと、僕達は味方かな――」
……味方。
あぁ。
ここにきてやっと。
彼らの目的が妾に理解出来たのじゃ。
随分、待ったのじゃ!
遅いのじゃ!
どこで、道草を食っておったのじゃ!
沢山言いたい事が有り過ぎて、言葉に出来ぬこのもどかしさ。
幼な子の様に泣き散らかして、大声で喚き暴れたかったのじゃ。
今まで溜め込んでいた、沢山の気持ちをこの者達にぶつけたかったのじゃ。
しかし、もう既に妾は限界であったのじゃ。
だから、もう良い。
最期に、もう叶わぬと思っておった、楽しいという気持ちを思い出させてくれたのじゃから。
誰にも看取られることなく、この世を去るのだと思っておった。
それが味方と言って迎いに来てくれたお主達に、看取られて逝けるのであれば、もうそれで良いのじゃ。
『……大丈夫。目が覚めたら、きっと楽しい事が待っているからね』
優しく暖かな声音が耳に届いた時、妾の心の奥底にあったドス黒い感情のあれこれが、スッーと消える感じがしたのじゃ。
あぁ。
次の世は、きっと楽しい人生を送るのじゃ。
叶うことなら、お主達と一緒が良いの。
ーーこれで、大丈夫。
本当に、心からそう思えたのじゃ。




