新生グレナ王国
晴天の王都。
今日、この日。
私、レイチェル・ラン・グレナは、グレナ王国の国王になりました。
馬車の中から手を振ると、国民の「おめでとうございます!女王陛下!」の声が上がる。
女王陛下の言葉に、少し私の背中がむず痒く感じるけれど、この場で掻くわけにもいかない。
顔は笑顔をキープしたまま、左手は上げたまま、少し誤魔化すように、座り位置を直した。
今日からは、国民の為に働くのだから、ダメな女王なんて思われたくないもの。
……せめて、前前国王の様な、強き優しき王に。
それと同時に、前国王の事が頭に浮かんだのだけれど、笑顔の裏で溜め息をこぼす。
宰相のジキル・ラロッカに、前国王の事を聞いて、物凄く驚いたと同時に怒りを覚えたのを今でも覚えているくらい、衝撃的だったの。
お父様が、考えて実行していた法律の殆どを無くしていたこと。
その上に、新たに出来た法律が、国民の為を思って作られておらず、回り回って自分の私腹を肥やす為のものだったり。
そんな中、宰相のジキルから、お兄様が起こした様々な不祥事に頭を抱えてしまった私だったけれど、予告なく浮かんだ銀髪の彼の顔を思い出した瞬間、思わず顔が熱くなるのを感じてしまい、咄嗟に両の手で顔を隠して誤魔化したら、それをしっかり魔法省の長・クレイブにしっかり見られていて。
そこからは、ジキルから風邪を心配されて、「薬師を呼べ!」とか、クレイブからは何かの毒物を盛られたのではないかと疑われて、「治癒術師を呼べ!」とか、双方の臣下を巻き込んで、もう王座の間はパニック状態。
「風邪では無いし、何も盛られていない」と説得するまで時間が掛かってしまったのは、ご愛嬌よね。
……そう言えば。
クレイブ自身、治癒術が使えるハズなのに、どうして他の魔術師を呼ぼうとしたのかしら?
ふふふっ。
それほど、私の事が心配だったという事にしてあげましょう。
「陛下」
不意に隣から声が掛かる。
丁度、人が途切れた時を見計らって声を掛けてきた様子。
「何かしら?」
視線と笑顔はそのままで、振っていた手を下ろしながら、私の今回の警備を担当している騎士団長の声に反応する。
父の代からの騎士団長をしている彼は、随分お兄様のやり方に不満を漏らしていたと、ジキルから聞いていたのだけれど。
「……いえ。申し訳ありません」
彼はそのまま周囲の警戒を再開したようで、それから彼から声がかかる事はなかったのよねぇ。
何だったのかしら?
ーーでも、それから幾日後に、彼がお兄様の処刑にたずさわっていたと、ジキルに聞かされた時、あの時彼が私に言いかけた言葉は、何となく分かってしまった。
謝罪の言葉なんて。
必要ないのに……。
正当後継者ではなくても、私も王族の一員。
圧政を布いていたお兄様は、表向きには急な病で死去とされているけれど、国民達はそのまま信じる程馬鹿ではないの。
きっと。
殆どの人々は、実際は違う事を気付いているハズ。
だって、王都の民にとってお兄様は、愚王と言われているのだから。
ーーそれを教えてくれたのは、不思議な男の子だったのよね。
最初の出会いは、月の綺麗な夜だったわ。
私は、寝る前の日課の読書をしていた時の事、それは突然だった。
緊迫感の無い挨拶と同時に現れた2つの影。
灯りが届く距離に近付いた時に、私は彼らから発せられている光に釘付けになった。
その後の事は、正直余り覚えていないの。
私の会話の中に、何かに反応した彼は直ぐに退室してしまったから。
ただ、「また来ます」の言葉だけは強く覚えている。
それが何時なのか分からなかったから、ずっとソワソワしていたのよねぇ。
そして、直ぐに再会の機会が訪れて、ドキドキしている私の事なんて知らない彼は、淡々と会いに来た理由を話してくる。
眼鏡越しに見える、透き通ったエメラルドグリーンの瞳を、こちらに真っ直ぐに向けて「この国の王になって欲しい」と、彼は言ったの。
状況が状況だったし、彼の言葉が冗談に受け取る事が出来なくて、何より彼の甘くて優しい声音が私の全身に駆け巡って、高揚感が桁違い過ぎて、思考が停止したままに、私の口は「はい」と紡いでいた。
あれからまだ数日しか経っていないけれど、あの出会いは、おそらく一生忘れる事はないわ。
正しく、神との遭遇だったのだと言えるから。
こうして、外を眺めながらもアノ人を探している自分に気付いて心の中で苦笑してしまう。
でも、混雑している道にアノ人が混ざっていたとしても、私には絶対見つけられる自信はあるの。
あの綺麗な光を纏っているのは、アノ人しかいないのだから。
私は、あの夜あの瞬間に恋に落ちてしまったの。
あの、不思議な光を纏っている銀髪の綺麗な顔立ちのカナタ様に恋心を持ってしまった。
叶うなら、もう一度会いたい。
でも、おそらくそれは叶う事が無いのも理解している。
だから。
どうか、せめて。
ーーカナタ様のこれからに幸多からん事を。
私は、ただ願うばかり。




