マイン街の冒険者ギルド長
俺の名前は、ユルゲン・シュバイツ。
このマインと呼ばれている街にある、冒険者ギルドのマスターをやっている。
「ギルド長、おはようございます」
ギルド内の俺が使っている部屋のドアがノックと共に同時に入って来たのは、俺の補佐をしているメントだった。
「こちらが、本日目を通して頂きたい書類です」
俺の返事を待つ事なく、机に近づいて来たメントは未採決と書かれている入れ物に持ってきた書類を置く。
まだ俺が冒険者として魔物討伐に明け暮れていた頃を、本当に懐かしく思う。
仲の良かった友人達からは、戦闘狂だの脳筋だのと言われていた俺が、今では毎日朝から晩まで椅子に座り続けて、書類と格闘する日々だ。
今もそれは例外ではなく、メントに返事をしなかったのは、書類に目を通しているためだ。
今朝、いつものようにこの部屋に来た俺は、1番上に置かれていた未採決の書類に目がとまる。
それは、1つの子供パーティの調査結果だった。
『パーティ名・清廉の光。
パーティ構成員は、リーダーのディーンを始めアビーとレイナ、カルロと4人共同じ年齢の15歳。
ギルドランクはE。
対象パーティは、同ギルドのパーティの巨熊の穴蔵とトラブルになったが、謎の少年の登場にて巨熊の穴蔵を全員失神させて事態は収束。その後、彼らが利用していた宿、旧街道の黒猫亭に入った所までは確認済みだが、その後の彼らの行動は依然として不明。
次の日の早朝に、スラム地区の下水道側にて、対象パーティの一員である、レイナなる少女の死体が発見される。同時刻、同街の門近くの守衛所側に、同パーティの一員であるアビーなる少女が発見されたが、原因は不明だが、かの少女には記憶障害を患っており、自身の名前以外の記憶は一切無い様子。
そして、残りの少年2人の消息は、未だに不明であるが、これ以上は調査困難の為、この報告書を持って終了とする。以上』
この報告書の中のアビーなる少女に記憶の喪失が見られる所を読んだ時、俺は思わず目の前のメントに視線を移していた。
メントは、俺がギルド長の役職に就くキッカケとなった理由だ。
ーーメントを守らないといけない。
その一心だった。
だが、その結果がメントに、冒険者大量惨殺を実行させてしまった。
今でも、どうすれば防げたのかは分からんままだ。
だが、報告書の中にあった、謎の少年の登場。
天界から来たという、女神アナベルの弟。
彼の力で、メントの中から自身の故郷で起こした事件や冒険者大量惨殺の記憶が消えた。
その事について、親友であるゲイツには内緒にしてくれといわれているが、何故内緒にするのか問うた時、かの少年は「天界の事情に、人の良いゲイツさんを巻き込みたくない」と、俺には氷の様な冷たい眼差しを向けていたのに、ゲイツの名を出した時の少年の目には寂しさが混ざった様な温かな眼差しになっていたのが印象的だったな。
その姿に、ゲイツが心酔している理由の一片を、俺は見た気がした。
カナタは、最初の俺の態度が気に入らなかったらしく、俺に対しては相も変わらずに冷めた態度を取り続けているが、ゲイツや同じ天界から来た少女に向ける表情や眼差しは、人を包み込むような暖かさがある。
その様子は、下手な貴族の息子や王族の王子よりも、気品があるのだ。
本人は全く気付いていないようだったが、街の女性連中は彼を見てため息をこぼしていたり、声をかけようと試みる前に、彼の側にいる少女に殺気を飛ばされ、断念していた。
確かに、俺には男色の気はないが、頬に傷がある厳つい俺とは違い、端正の顔立ちの彼は女性を惹きつけるのも分かる気がするが。
だが、あの少女の存在で男のロマンと言える、ハーレム人生は無くなったなと、軽く同情してみたり。
最初は、俺よりも強い胡散臭い子供しか思っておらず、それでも戦いたくて大人げない態度をとってしまったのだが、アイツはそんな俺に腹は立てたと思うが、取り合わなかった。
カナタは、逆に俺を諌めようとさえした。
それでも、俺が態度を改めなかったのは、仲間が認める戦闘狂の血が騒ぎすぎたのが原因だ。
その天から来た少年のお陰で、昔は笑顔の裏に人を見下した感があったが、今のメントは本当に人の良い真面目な青年になっている。
これが、本来の彼なのだろう。
カナタは、今でも俺の事が嫌いだろうが、それでも俺は感謝せずにはいられない。
血の繋がりはないが、メントの事は実の息子の様に思っているからだ。
今のメントがあるのは、カナタのお陰なのは事実なのだから。
ーーかの少女の記憶がないのは、彼の力だろう。
理由は、メントの時と同じ。
俺は、手にしていた書類に判を押して採決済の箱に移して、椅子から立ち上がった。
向かいの補佐役の席に腰を下ろしていたメントが、怪訝そうに俺を見る。
「ーー行くぞ」
「……どちらに?」
「訓練場だ。稽古つけてやるから、お前も来い」
背後から嬉しそうなメントの「はい!」という返事を聞きながら、俺はドアを開けて地下にある訓練場へと足を向ける。
書類仕事ばかりで、腕が落ちていたことは自覚していたが、それでもと俺は思う。
あの時は、アッサリと負けた俺だが、次会った時にはせめてもう少し長く戦いたいからな。
もちろん、勝てる気は全くしないが。
その為には、俺がもっと強くなるしかないからな。
これからは、鍛錬あるのみだ。
そして、いつか会った時には教えてやりたいのだ。
戦いの楽しさを。
ほんの一瞬だったが、それでも俺はアイツと戦えて楽しかったのだから。




