061話
のんびりご飯の時間を楽しんだ僕達は、今はそれぞれに腹休めをしていた。
イリスは、エルマさん特製のデザートのオレンジっぽい果物を使ったパイの作り方を独自で解析しながらメモしている横では、サクラが姿勢良く座ったまま、店内の人達を観察しているかのように目だけはキョロキョロと忙しなく動かしている。
本当に、イリスは勉強家だねぇ。
そんな僕と目が合うと、「上手に出来たら食べてほしい。なのです」と少しはにかみながら言うイリス。
「……楽しみにしてる」
イリスのはにかみ笑顔に、思わずドキドキしてしまった僕は、それを悟られまいとするだけで精一杯。
その時、不意に視線を感じた方へと目線を動かすと、何やら微笑ましい笑顔をゲイツさんに向けられた。
大人なゲイツさんには、どうやら誤魔化せなかったようで、僕はその事に心の中で苦笑しながら、ライムエールの入ったコップに口をつけた。
「そういえば、カナタとイリスは天族なのじゃろう?」
「そうだけど。それがどうかした?」
「うむ。天からわざわざ降りてきて、何か目的でもあったのかと思ってのぅ。妾のせいでそれに遅れが出てしまったのではないかと心配してしまっての」
僕と同じようにライムエールが入ったコップを両手に持ちながら、見上げながら言う彼女の表情はどこか申し訳なさそうで、眉が八の字になっているし。
「それこそ、大丈夫だよ。僕達の目的は、のんびりこの世界を観光することだからね。多少のイレギュラーは些細な事象だよ。だから気にしないでいいから」
僕は姫華の頭を撫でてやると、ホッとしたように目を細めながら黙って撫でられている彼女の姿に笑いがこぼれてしまう。
僕やイリスの銀髪ではなく、姫華の髪は白狐の毛色と同じく白髪だ。
撫でる度に、ピクピク動く耳とワサワサ左右に揺れる尻尾が見ていて飽きなくて、何となく癒される。
ホッコリする様子を見ながら、彼女は僕よりも年上なんだなと考えた瞬間、アナベルの事を思い出す。
イリスが、姉さんに姫華を助ける方法の助言を求めたときに、届いた手紙の中に追伸として記されていた文言を思い出したのだ。
『気が付いたら、可愛い弟の周りに女の子が集まり始めているこの事実に、お姉ちゃんは心配だなぁ。カナタ、分かっているとは思うけど気を付けるのよ!』
……何に気を付けろというのか。
過保護な姉の思いに少し嘆息してしまうが、弟思いの姉には何かと助けられていたり、何だかんだでアナベルの存在は、僕の精神的支えには確実になっていたりするので、嫌な気持ちはしないのだが。
「観光ということは、この世界を旅するということかの?」
「そうだよ。この世界は、7つの国で成り立っているらしいから、それを全部見て回るんだよ」
「それに、妾も同行しても良いかの?」
姫華は持っていたコップをテーブルに置いて、僕に向き直りながらお願いしてくる。
あの。
姫華さん。
太股の上に膝で立たないで下さい。
地味に膝グリグリが痛い!
僕は、彼女が後ろへ倒れないように、肩を掴んで支えながら、痛みに耐える。
「えっと、姫華の生国って確か……」
「ミカド皇国なのじゃ」
そうなのだ。
姫華の出身地は、僕の世界の日本に似ているらしい、あのミカド皇国だったのだ。
だから、彼女の名前が日本っぽいのは、それが理由だ。
姫華は、ミカド皇国では巫女という役職のトップ、巫女頭に就いていたのだが、そこを2年程前に退職して見聞を広めるのを目的とした旅に出たのだが、道中に怪しげな魔術師に出会ったのが運のツキで、気が付いた時には、既にこの国のあの塔に閉じ込められていた。
というのが、目覚めた時に聞かされた彼女の談。
怪しげな魔術師の存在ってのは、僕的には引っ掛かったが、今は置くことにした。
理由?
面倒だから。
「ミカド皇国は、最終目的地になりますからのぅ。姫華殿を送り届けるのでしたら、一緒しても問題ないのぅ」
ゲイツさんは、顎髭に手をやりながら姫華の同行に賛成する。
「……イリスやサクラは?」
「問題ないと思います。なのです」
「私も」
2人も問題ないと。
僕はどちらでも構わないし。
「良いよ。一緒に行こう」
僕以外のメンバーが良しと言っていても、彼女は不安そうな顔をこちらに向けたままだったのだが、僕が了承すると、安堵と嬉しさが混ざったような笑顔を見せてくれた。
マジで、大人の女性には見えない。
可愛い笑顔です。
姫華さん。
「7つの国で思い出したんだけど、この国の次ってどの国?」
「確か、アルバ共和国。ですのぅ」
「どんな国なのですか?」
「この世界は、基本王なり女王が政を行うのですが、アルバ共和国は、民が決めた代表が政を行っておりますのぅ」
うん?
民主主義国家ってことなのかな?
「5年周期に代表が代わり、例え周囲の国が戦争を行おうとも、協力は一切せず。奴隷制度もこの国では実施されておらず、逆に奴隷商の滞在を禁止。人族や獣人族等の種族を差別させない国。などなどこの世界では珍しい国家ですのぅ」
「なんか聞いているだけで、この世界の人が興した国には見えないね」
何となく、僕が育った国の思考に似ているから。
「おぉ、さすがはカナタ殿ですのぅ。そう、かの国はこの世界の住人ではない者が興したと言われておりますのぅ」
「うむ、妾も聞いたことがあるのじゃ。稀人が興した国なのじゃ」
「まろうど?」
「そう呼ばれておるのぅ。その者が持つ知識は明らかに、この世界の常識とかけ離れておってのぅ。その頃の事が書かれておる書物には、その稀人は自身の事を『異世界人』と言っておったと記されておる」
異世界転移キタッー!




