058話
魔物ではなく、初めての化物と対峙しているというのに、僕自身それに対し驚きはあるものの、それ以外の感情は生まれることなく、眼鏡に触れながらただ目の前で起こっている現象を見つめていた。
人間が化物になった。
先程までの腹立たしい気持ちは無くなりはしたものの、代わりに面倒臭い事になったと溜め息をついてしまう。
どうして、こんな状況になってしまったのか分からないので、それは女神様に丸投げすることにして。
僕は、とても忙しいんだよねぇ。
おっとり姫のところへは、明日に変更しないと。
塔には行きたいから、化物を早く片付けないとね。
スケジュールをこれ以上遅らせるのは本意ではないし、面倒な事は早く終わらせたいし。
……はぁ、早く帰って眠りたい。
「悪いけど、さっさと終わらせてもらうね」
僕は、グルグル言っている相手に向かって瞬間に移動して、全力の5%を込めた蹴りを腹部に当てる。
「グオオオォォォォ――!!」
蹴られた化物は、叫び声なのか呻き声なのか区別がつかない声をあげながら、そのまま勢い良く飛んで壁に激突する。
激突の衝撃で、目の前は粉塵が巻き起こり僕の視界を遮る。
腕で一応、鼻と口を塞ぎながら化物の様子を見てみるが、どうやら蹴りだけでは余り効いていないようだった。
一応、建物の崩壊を防ぐ為に、結界使用済である。
なので、いくら暴れても大体は、無問題なのだ。
蹴りの効果が薄いと分かった僕は、すかさず右手人差し指に嵌めていた指輪を、左手の人差し指には嵌め直し、腰に提げている刀を鞘からぬいた。
「浄化、刀バージョン」
刀を水平にし、呟きながら左手の人差し指と中指で刃に触れ、付け根から先へと滑らせていく。
すると、刀身が淡い緑色に光始める。
「ガアァァァァァ!!」
自分を覆っている崩れた石壁を苦々しく右へ左へと、激しく飛ばしてどかしていく化物。
何か、癇癪を起こした子供みたい。
粉塵から抜け出た化物は、一瞬刀から発せられる光に顔を顰めるが、それでも怒りのままに、こちらへと突進してくる。
僕は、化物が起こす振動にも動じることなく、刀を正眼の構えを取った。
そして、振り降ろされた化物の鋭く尖った右手を躱し、すれ違いざまに腹部へと横一閃。
「神の名の元に、浄化されよ!」
そのまま、振り返りながら化物の背に向かって刀を振り下ろした。
「ガガガガアアァァァァァ!!」
腹部と背中を斬られた化物の体から、どす黒い霧が上がり始める。
僕は、ここぞとばかりに刀を鞘に収め、指輪を再び右手へと移し、掌を化物へと向けた。
「……これで仕上げ。浄化!」
掌からサッカーボール位の大きさの光が、化物目掛けて飛んでいき包み込む。
部屋一帯を眩しい光で埋め尽くされたが、暫くすると光が収まり始めて辺りが再び落ち着きを取り戻した後、僕の目の前には、既に化物の姿は無く大司祭が地面に突っ伏していた。
それと同時に結界も解除すると、壊れた部分が綺麗に修復されている。
「何とか、無事に終わったね」
いつの間にか隣には、僕のコートの裾を握っているイリスが立っていた。
「ミッション・コンプリート。なのです」
はははっ。
相変わらずのイリスで安心しました。
「イリス、耳は大丈夫かい?」
「はい、もう平気。なのです」
僕がイリスの頭を撫でながら聞くと、目を細め気持ち良さそうにしながら頷いてくれた。
無事で、本当に良かった。
「取り敢えず」
僕は、気を失っている大司祭に近付いて、彼が身に着けていた数珠の首飾りを取り上げる。
「それが、原因?なのです」
「う~ん。どうだろ?」
触れた感じでは、特に嫌な気はしない。
僕は、念の為首飾りに封印を施してから、鞄の中へ放り込んだ。
「コレは、姉さんにお任せで」
イリスは、僕の言葉に頷いたあとニコリと微笑んだ。
大司祭の記憶の修正と、ほぼ全裸の彼(うつ伏せで良かったぁ)に服を与える。
おそらく、大司祭がこの国の異変の元凶だったのだろう。
記憶操作は闇の部分を取り除き、ここ数年の記憶を改竄させてもらったから、ほぼ別人になっているはずだ。
普段は人当たりの良い人物を演じていたようだから、他の者には気付かれることはないけれど、戸惑うのは変な儀式を一緒にやっていた連中だけだな。
……これで、もう少しこの国は大丈夫かな。
「良し。次に行きますか」
「はい。なのです♪」
僕とイリスは、そのまま彼を放置して、次の目的地へと向かった。
――あの、気になっていた塔へ。