053話
城を見に行っただけで、まさかクーデターの首謀者になるなんて思いもしなかった。
まぁ。
この国の立て直しはアナベルにお願いされていた事だから、仕方がないんだけどね。
「女神様からそんな事を……この国の立て直しが天界に何かしらの影響があるのですかのぅ?」
「――いえ。下界で何が起ころうと、いっそこの世界が丸ごと消滅しても、天界には全く影響はありません」
当たり前だ。
この世界は、天界人にとっては幾多ある世界の1つであり、ただの箱庭に過ぎないのだから。
そんな事、この世界の住人であるゲイツさんには、口が裂けても言えないけどさ。
「では、何故?」
「――今はまだこの国には、そこそこな平和を保っていて欲しいのだそうです」
今は、ゲイツさんの屋敷の庭に設置している僕達の家で寛いでいた。
本当はゲイツさんの屋敷で、話し合いをするつもりだったのだが、城内でクレイブさんと会話した後から、僕達の後ろを付けてくる不審者がいた為に、僕達の家に変更した。
ゲイツさんの屋敷にも、魔術師の屋敷らしく侵入者対策はとられているが、念には念を入れて移動したのだ。
後を付けていた不審者は、今もゲイツさんの屋敷の周囲をウロウロしているが、僕達の家の存在には全く気づく事なく庭を何往復もしている。
……何かその滑稽さが見ていて面白い。
「……一応、クレイブさんも要注意人物として、上からマークされていたってことかぁ」
「無能な奴ほど心配性。なのです」
「それにしても、どうしてこの家にどなたも気付かないのでしょうか?」
庭に面した窓に近付いて、外の様子を興味深そうに眺めているサクラ。
「この家は、使用者登録された者や僕が許可した者以外には認識されないんだよ」
「この家は、アナベル様に守られています。なのです」
「へぇ、主様のお姉様ですかぁ。私もお会いしたいものです」
「……僕やイリスと違い、姉さんはそう簡単には降りて来られないんだよね」
「……そうなのですか、残念です」
本当に残念そうな面持ちでいるサクラに対して、僕はイリスの顔を見るが、イリスは仕方がないとばかりに、首を左右に振るだけ。
……可哀想だけど、こればかりはね。
「――では、儂は最南端に追いやられた元宰相殿をこちらに連れてくれば良いのかのぅ」
「はい。ひょっとしたら、もうやる気が無くなってしまっているかも知れませんが」
「だが、何とか説得してみるしかないのぅ」
「私達は、妹姫の説得。なのです」
お互いの役割を簡単に確認した後、ゲイツさんは直ぐ旅の準備に入った。
「……どれ位で戻って来れそうですか?」
「距離が距離だしのぅ。儂だけなら往復3、4日位じゃが、元宰相殿達と一緒を考えると10日位かかるかのぅ」
確かに、ゲイツさんだけならまだしも、元宰相さんも連れてくるとなると、馬車になるだろうし、付き添いに何人かは一緒だろうし。
時間のロスは否めない。
「――だけど、余り時間もありません。なのです」
「そうでしたね。確か、今日の会議で新たな法が執行されるのが決まったと、クレイブさんが仰っていましたね」
「それを執行するのは、7日後だっけ?クレイブさんは、その法が執行される前に決着付けたいとかなんとか言っていたね」
「……厳しいですのぅ」
クレイブさん曰く、7日後に執行される法というのは、簡単に言えば税金の値上げらしい。
今の国王になってから、この王都では2度の税金引き上げを行なったらしく、これ以上税金が上がると破綻をきたす国民が数多く出ると、クレイブさんは危惧していた。
因みに、貴族側には一切の税金がかからないような仕組みに出来上がっていると言う。
「イリス。ゲイツさんに良い移動手段ないかな?」
「――そういえば、アナベル様から預かり物がありました。なのです」
……え?
イリスさん。
ここにきて、まだ忘れていた事があったのですか?
ソファーの上に置いていたマイ鞄の中をゴソゴソと漁っていたイリスは、僕の前に何かのケースを差し出してくる。
一見、携帯用の薬ケースのような小さなケースで蓋を開けると、そこには羽根をモチーフにしたピンバッチが数個と丸い押しピンが数個入っていた。
「……コレ何?」
「お手紙。なのです」
手渡された手紙に目を通すと、どうやら僕やイリスのように瞬間移動が出来ないゲイツさんの為に、このピンバッチを活用しなさいと書かれてあった。
「このピンバッチは、ゲイツさんの為に姉さんからのプレゼントみたいだね……えっと、この羽根に触れながら、行きたい場所を念じると即座にその場所へ移動が可能らしい」
「――おぉ!アナベル様からの贈り物ですとぉ!このゲイツ大切に使わせて頂きますからのぅ!」
感動に打ちひしがれながら、天井へと大声を発しているのは、多分天界に向けて言っているのだと思う。
「では、私も頂きますね♪」
サクラは、ケースから1つピンバッチを取って自身の襟元に取り付ける。
「どうですか?主様」
「え?あ、うん。似合ってるよ。……これを大人数で使用する時には、相手をきちんと認識する事が重要で、行ける場所はマーキングした場所限定。だってさ」
「ふむ。マーキングとは何かのぅ?」
「……多分、この押しピンがある所に移動出来るって事じゃないかな」
「では、庭にしたら良いのでは?なのです」
いつの間にか、イリスの手にもピンバッチがにぎられており、何やら弄っている様子。
「確かに、ココの広さだったら大人数でも問題ないよね」
「では、決まりですのぅ」
「――念の為、その元宰相さんがいる場所付近にも、コレ使って欲しいな」
僕は、ケースの中から1つ押しピンを取り出して、ゲイツさんに渡す。
「うむ。では、3日後の夜には戻って来るとしますかのぅ」
ゲイツさんは、そう言って家から旅立って行った。
「……それじゃあ、僕達も行動開始しますか」
今日は、長い夜になりそうだ。




