050話
「……カナタ殿」
「何?」
「朝の事ですがのぅ。あれは、おそらくイリス殿のヤキモチではないかと思いますのぅ」
「――ヤキモチ?……イリスが?」
ゲイツさんから出た意外な言葉に、驚きを通り越して唖然としてしまう。
……あのイリスが?
う~ん。
やっぱり、よく分からないや。
「うむ。サクラと親しくしているカナタ殿を見て、取られてしまうと思ったのではないかのぅ」
「……そうなのかな?でも、ヤキモチかぁ。正直、焼かれた事ないから、よく分からないですよ」
少女2人が店内の雑貨を見ながら笑顔で会話している様子を、男2人は店の前で眺めながら朝の出来事にはついて話を交わしている。
「おや?カナタ殿は、そういう類の経験はないのですかのぅ?」
「――恥ずかしながら。志半ばで乖離して、天界人になった身だから。だから、男女のそういう類の機微とかは、僕には全く」
こういう話題は正直苦手だから、どうにもむず痒くなってしまう。
同年代相手ならまだマシかもだけど、ゲイツさんのような大人の男に話すには、どうしても子供な自分を自覚してしまうようで。
まぁ、そっち方面の経験は0だから、子供で間違いは無いのだけれど……自分で言っていて何か虚しくなってきたなぁ。
自己嫌悪に陥る僕とは反対に、イリスもサクラも店内にあった色の着いたガラス瓶を手に取って、楽しそうに何か話している。
……角瓶に対して、何を言い合っているのだろう?
女の子の買い物好きは、この世界でも例外ではないようだ。
「ふむ。では、こうやって道行くご婦人達を見ても何とも思いませんかのぅ?」
ゲイツさんに振られて、店内から視線を外に移して一通り眺めてみる。
そこには、家族連れだったり、荷物を背負って急いでいる商人だったり、冒険者だったりと色んな人達が歩いている。
……やっぱり、人族しか見当たらないなぁ。
今僕達がいるのは、王都のメイン通りの商店街。
購入対象者を冒険者や庶民にしているという事もあって中々に人通りが激しい。
貴族を対象にしている店は、貴族街の近くにある。
「――ん?……あぁ。多分、この人達は僕の中では下界の人間という意識があって、天界人とは別って。こうやって眺めても、綺麗だなとか可愛いなって思いますけど、それ以上は心が動きませんねぇ。だから、恋仲になりたいっていう欲求は今の所無いですね……って、そんな可哀想な人を見る目はやめて下さい」
「――だってのぅ。カナタ殿はまだ若いのに、感覚が枯れていると思ってしまってのぅ」
「枯れてる?……そう言うのなら、せめて草食って言って下さい」
「草食?」
「恋愛に対して、ガツガツしていないって事です。ってか、ゲイツさんだって若返ったのですから、第2の人生に新しい女性を。って考えるのもアリなのでは?」
「ハハハッ。これでも、以前この世界を巡った時に何度かそういう事もありましたがのぅ」
おぉ。
流石は大人のゲイツさん。
確かに、モテるよねぇ。
格好良いし、博識だし、強いし、紳士だもんね。
きっと、女性の扱いにも長けているハズだ。
「……しかし、儂の中には結局妻しかいない事に気付きましてのぅ」
……そうじゃなきゃ、死ぬ前に帰ろうなんて思わないよね。
「これはカナタ殿にもらった命。……カナタ殿とイリス殿の為に案内役を務めると決めましたからのぅ。おっと、サクラと同じになってしまいましたのぅ」
ハハハッと帽子を押さえながら、空を仰ぎながら豪快に笑うゲイツさん。
きっと、これは照れ笑い。
「――楽しそう。なのです」
「何を話されていたのですか?」
振り向くと、イリスとサクラが立っていた。
何やら布に巻かれた物を手に持っている。
「それは?」
話していた内容なんて言えるハズがない僕は、話題を逸らすため買ってきた物を尋ねる。
「何でも、この国の特産品の瓶という事なので購入してみました」
布から出てきたのは、小さな瓶。
……コレが、特産品?
空色の綺麗な瓶っていう以外、特徴のない普通の瓶だと思うけど。
「あぁ、グレナ鉱物ですのぅ。熱するとこの色が現れるのですが、この色が出る鉱物はこの国だけですからのぅ。外国へのお土産に喜ばれますのぅ」
「ご当地モノ。なのです」
ニコニコと上機嫌なイリスは、そのまま鞄に仕舞った。
そういえば、イリスはココまで来る間に寄った村や街だけで売られている物を1つずつ購入していて、僕が軽い気持ちで言った『ご当地モノ』の言葉が気に入ってしまった。
「私も、イリス様に見習ってご当地モノを集めることにしました。良い趣味が出来ました」
「旅の愉しみの1つ。なのです」
それも、僕の受け売り。
その土地の食べ物を食べたり、名所を巡ったり、そして旅の思い出としてお土産を買うのが観光なのだと。
それが、旅の愉しみなのだと。
「それじゃあ、次は名所巡りかな」
「ふむ。では、名所といえば王城ですかのぅ」
「では、王城へ出発。なのです」
「あの丘で見た白亜のお城ですね、楽しみです」
僕達はゲイツさんの案内で、王城へと歩き出した。




