049話
「おはよう」
起床して、パジャマのまま自室から出た僕はリビングに座っているサクラに声をかけた。
一応、サクラの部屋も用意しているのだが、基本リビングで待機していることの方が多く、イリスは早朝の修練に出掛けているので、目覚めてから朝一番に声をかける相手は彼女になっていた。
別に寝ずの番をしているわけではない。
機械人形だって、僕達と同じ様に睡眠をとる。
だが、その行為をサクラ曰く、「充力中」らしい。
稼動して減ってしまった分を、体を休めることにより補う行為と説明してくれたのだが、まぁ僕から言わせてもらえば、充電している。という意味だと思う。
「今日も良い朝ですね。主様」
「そうだね、今日は王都観光だからいつもより早く目が覚めちゃったよ」
何気に楽しみにしていたせいなのか、目覚めがスッキリしているようだ。
サクラは、僕の発言が可笑しかったのか、口元に手を当てながら、にこやかに笑っている。
「……トラブルなく過ごせると良いなぁ」
サクラと入れ替わる様に、ソファーの自分の定位置に座りながら、不意に呟いてしまったのは不安の現れか、期待か。
「――私も現在の王都を歩くのは初めてなので、楽しみですね」
「創世紀時代の王都は、ココじゃなかったんだっけ?」
「――はい、そうですね。私の記憶では、もう少し南下した位置だったと思われます」
僕の前にお茶が入った湯呑みを置かれる。
普段の紅茶担当はイリスなのだが、サクラもお茶を淹れたいと言い始めてから、新たに日本茶担当を彼女の為に設けた。
元日本人の僕にとっては、故郷の味なわけで。
実は、天界では紅茶が好まれているので、出会ってからイリスは当たり前の様に僕に淹れてくれるのだが、正直僕にとって紅茶は別に好んで飲んでいた飲み物ではなかった。
前世の僕の家族母さんの実家は、茶道の家柄でそんな事情も関係しているのか、僕は家では紅茶を飲んだ事がない。
確かに得意と言うだけあって、イリスが淹れる紅茶は凄く美味しくて逆に好物になったくらいだ。
だけど…それでも炭酸飲料然り日本茶への未練も確かにあったのだ。
この機会にと、姉さんに頼んで日本茶セットを送ってもらい、サクラに教えたのだ。
「……ハァ〜、ほっこりする。サクラ、腕を上げたねぇ」
湯呑みを両手で持って、縁側でお茶するご老人のように一口飲んで、ふぅ。と一息つく。
「有り難うございます♪これからも、主様の為に精進させていただきます♪」
「それじゃあ、期待しておくよ」
「はい♪」
「ただいま戻りました。なのです」
2人でソファーに座って、日本茶を飲みながらほっこりしていると、朝の修練を終えたイリスが戻ってきた。
「おかえり」
「イリス様、おかえりなさいませ」
イリスはそのまま自室に入っていくのを見送っていたサクラが、僕に向き直り口を開く。
「イリス様もお戻りになったことですし。主様も、そろそろ着替えた方が宜しいかと思いますよ」
「ふぁ〜い」
あくび混じりの返事をしながら、一旦上半身を伸ばしてからソファーから立ち上がり、頭を掻きながら自室へ戻った僕は、脱いだパジャマをベッドの上に投げて、クローゼットからいつもの服を取り出し、着替えを始めながら徐々に頭をクリアにしていく。
「……色々見ないとなぁ」
自室に備え付けの洗面台で顔を洗い、歯を磨きながら今日の予定……見るべき事や知らなくちゃいけない事を整理する。
「おぅ、おはようございます。カナタ殿」
一通りの準備を済ませて自室から出ると、食卓にゲイツさんが席に座り、サクラから淹れられたお茶を飲んでいた。
「おはようございます。ゲイツさん、早いですね」
僕も釣られるように、食卓の椅子に腰を下ろす。
「ハハハ。カナタ殿達と行動が出来る事が嬉しくてのぅ、早く来てしまいました。申し訳ない。それにしても昨夜は、寝られましたかのぅ」
「――はい、充分に睡眠は取れましたよ。……王都観光が楽しみで早く目が覚めちゃいましたけどね」
「主様は、先程までパジャマのままでしたけど……」
「ハハハッ。カナタ殿は、着替えるまでの時間が長いですからのぅ」
「主様は、毎朝最低30分はそのままを維持していますが、私としてはだらしない印象を受けますので、改善を要求します」
「む〜、それは難しいかもしれんのぅ」
「……2人とも、僕をイジって楽しむのはやめて下さい」
僕を共通の話題として会話をする2人に、鞄から朝食を取り出しながら窘める。
「カナタ様にとっては必要な時間。なのです」
朝のローテーションを終えたイリスは、少し不機嫌そうに2人に言う。
「サクラ、カナタ様の行動に否を唱える事は禁止。なのです。それが、嫌だというなら即刻アノ遺跡に戻して再び眠りについてもらいます。なのです」
「――え?イリス、それは極論だと…思う……けど?」
「いえ。カナタ様がなさる事を素直に受け容れられないのであれば、同行には不向きと判断します。なのです。……選択してください、サクラ」
ーーはぁ。
僕を否定する者に対して容赦がない。
普段のクリクリの可愛い目が、鋭さに変わりサクラにその突き刺さりそうな視線を向けている。
「……訂正致します、主様。私は目覚めさせて頂いてから、何があっても貴方にお仕えすると心に決めております。これからも、主様のお傍にサクラをおいて下さいませ」
イリスの言葉に、背筋を伸ばし慎ましい佇まいに直してサクラは僕に頭を下げる。
「――あ、うん」
一瞬、イリスの方が主人向きなのでは?と思ってしまい、返事があやふやになってしまう。
「皆が揃った事だし。取り敢えず、朝ご飯食べようよ。イリスの気持ちは凄く嬉しいけど、聞き分けの良いっていうのも、どうかと思うからサクラはそのままで良いと思うよ?個性は大切に。ということで」
僕は、テーブルの上にお弁当を広げながら2人に言うと、それぞれ肯定の頷きを返してくれた。
「そういえば、今日は何処から回りましょうかのぅ?」
ゲイツさんが、空気を替える様に話題を振ってくれたおかげで、その後の僕達は食事をしながら和やかに計画を立て始めていくのだった。




