047話
「いやぁ、カナタちゃんのお陰で早く入れるなんて、得したわぁ。開店したら、是非お店に来てね。このお礼をしたいから」
「……はぁ」
「絶対よ。それじゃあ、またねぇ!」
事態の流れに若干遅れ気味の僕は、曖昧な返事をしてしまう。
そんな僕達に向かって、何度も手を振るエルマさんと、そんな彼女の背中に手をやりながら、一度お辞儀を返してくれたアマデオさん夫婦が人混みに消えていくまで、僕達は見送っていた。
「カナタ殿達は、良い出逢いをしていたのだのぅ」
背後から、妙に感動を込めている聞き慣れた声がする。
「でも、驚いたよ。まさか、騎士さんが迎えに来るなんて思ってもいなかったからさ」
振り返ると、やっぱり顎髭を撫でながらどこか満足そうに頷いているゲイツさんの姿があった。
「きちんと約束を守らなかった、カナタ殿が悪いのぅ。何かのトラブルに巻き込まれたのではないかと心配で、お陰で奥の手を使ってしまいましたのぅ」
「それは……色々、ごめんなさい」
本当に、使いたくなかった手段だったのだろう。
ゲイツさんの、顎髭を撫でる顔が幾分か渋い。
「カナタ様は悪くない。なのです」
「……イリス殿?」
僕を庇うように前に立ち、ゲイツさんを見上げながら少し怒った口調のイリスに、困惑気味のゲイツさんという面白い構図が出来上がってしまう。
「私の我儘に、カナタ様を巻き込んでしまった。なのです」
「ひょっとして、こちらのお嬢さんと関係があるのですかのぅ?」
「えっ?私ですか?」
「それについてはきちんと説明したいから、何処かゆっくり出来る所へ移動しない?僕、腹減ってきちゃったしさ」
門の側にいる僕達は、明らかに邪魔をしている感じだし、何と言っても、僕達をゲイツさんの所まで案内してくれた騎士さんが、まだ側で待機しているからだ。
「うむ、そうですのぅ。では、儂の家で話を聞くことにしますかのぅ」
ゲイツさんは、側で待機していた騎士さんに何やら指示を出した後で、反対側に停車していた馬車に僕等を誘導する。
馬車を見て、前回の失敗を思い出すが、あれから僕は成長したんだと言い聞かせながら、乗り込んだ。
馬車リベンジ中の僕の目に、王都の街並みが流れていく。
上手く自分自身をコントロールできているようで、馬車の揺れの激しさが全く気にならなかった。
これなら、問題なく馬車旅も楽しめるだろう。
イリスは車窓に両手をつけながらへばりついて、景色を楽しそうに眺めている。
彼女に尻尾があったなら、今はブンブンと振りまくっているに違いない。
サクラも反対側の車窓から、外を眺めているようだが、残念ながら表情は分からないが、おそらく僕達と変わらないだろう。
道幅がとにかく広いし、馬車が通る道と人が通る道に区別されている。
だけど、横断する時は馬車に気を付けながら渡らないといけないようで、道幅が広い為に少し危なっかしい。
それでもやっぱり、王の都というのは伊達ではない様で、道幅が広いのから始まり、店の外観も白に統一されているためか、店の看板だったり、日差しよけの屋根の布地の色だったりと、それぞれの個性を競っている様で、華やかさを後押ししているような気がする。
「ゲイツさんの家って、貴族街っぽい?」
馬車が進んで行く方向と、丘から見た景色を脳内で照らし合わせて、貴族街に向かっているのを理解して、ゲイツさんに確認の為に聞いてみると、何処か嬉しそうに頷いてくれた。
「流石ですのぅ。その通り、儂の住居は貴族街にあります。魔法省に勤めている時に購入してのぅ。妻が亡くなって、儂も旅に出ると決めた時に処分しようと思ったんじゃが……思い出が消えるような気がしてのぅ」
優しい笑顔を浮かべつつも、その瞳の奥には微かに寂しさの色が滲んでいた。
…………僕も、いつかはこんな風に、一途に誰かを愛せることが出来るだろうか?
不意に、左胸の奥がズキンと痛んだ。
それと同時に、前世の僕が抱いていた気持ちが甦り、シルエット姿の彼女が、僕の脳裏に現れ、そして消えた。
僕は甦った過去の気持ちに、首を振って消し去る。
女神アナベルの弟になって以来、思い出すことの無かった記憶に、少しのノスタルジーを感じはしたが、あの時と今とでは明らかに変わってしまった自分の気持ちに、苦笑してしまった。
「カナタ様?」
そうなんだよなぁ。
いつだって、イリスは僕の変化に一番に気付くんだよね。
「何でもないよ」
頭を優しく撫でながら、気にしないでと笑ってみせると、安心したような表情を見せて、再び車窓からの景色に夢中になる小さな守護天使の存在に心の中で感謝する。
彼女が、何時も側にいてくれたから、不安を抱くことも無かったし、そしてゲイツさんが居て、今ではサクラも居てくれるから、大丈夫だ。
少しの懐かしさは味わったけれど、今の僕には後悔などないし、戻りたいとも思わない。
何だかんだ言って、前の世界に比べて全然安全ではない、この理不尽な世界を見て回るのが、今の僕には何よりも、退屈だと嘆いていたあの頃よりも断然楽しいのだから。
改めて、自分の気持ちを再確認すると同時に、僕達が乗った馬車が白亜の屋敷の前で止まった。