044話
「このパンケーキ、イケるね」
「ふわふわで、甘くて美味しい。なのです♪」
「姉さん、良い仕事しているね」
食堂で、姉さんからの差し入れに僕とイリスは、ホクホク顔で、パンケーキの味に舌鼓を打っている。
三段重ねのフルーツが散りばめられた、生クリームたっぷりの姉さん特製のパンケーキは、なかなかに絶品だった。
「……ソレは、主食なのですか?それともお菓子なのでしょうか?」
横に並んで座っている僕とイリスの向かいから、頬に手を当てながら首を傾げつつ、彼女はコチラを興味深々に様子を伺っている。
「ははは、見た目ボリュームがあるから確かに一食扱いにしたくなるけど。コレはお菓子扱いなんだよね。あ、でも朝食に食べる人もいるみたいだし……う~ん、区分するには難しいかも。まぁ、家ではこんなに豪勢に盛らないから。店で出されている仕様だね、コレは」
「はぁ……」
「サクラが食べられないのが残念。なのです」
「いえ、私は主様達の美味しそうに食べる姿を見ているだけで満足ですから♪」
眉を八の字に下げるイリスを、彼女は気遣う様に優しい眼差しで微笑む。
薄い桜色の長い艶のある髪。
切り揃えられた前髪から覗く、吸い込まれてしまいそうな程の綺麗なルビー色の瞳。
黄金比率で設計されているのだろう。
機械人形など忘れてしまうくらい、目の前の彼女は色白の可憐な美少女だった。
椅子に座っていただけのただの人形が動き始め、言葉を話し始めた途端に、どうしてこんなにも印象が変わってしまうものなのか?
認識の曖昧さに、僕は少し溜息をついてしまう。
ーー本当に、現金なヤツだ。
「……で、どう?機能調整は、終わった?」
本当に、この短時間で色んな表情を見せる彼女に、僕はパンケーキを一切れ口に運びながら尋ねる。
目覚めたての彼女は、焦点がうまく定まらない瞳を僕を見つめていた。
そして彼女の第一声が、『更新』だった。
主人が代わった事への言葉だと理解をして、暫く虚ろな彼女ので様子を見ていると、次第に視点が定まり始め、表情にも変化が見え始め、力なくだらんと伸ばした状態の手足にも力が入り始めて、姿勢を正し椅子にキチンと手足を揃えて座り直し、僕に顔を向けて口を開いた。
「初めまして、カナタ・スフレール様。いえ主様、最初に私に名前を付けて下さい」
うん?
僕の名前……
あっ、核に彫ったっけ。
少し、言葉が濁っている様に聞こえるのは、まだ完全な状態ではないのだろうか。
「名前?前の名前は?」
「主様が交代した時点で、蓄積されている記憶から前任者に関する情報は消去され、名前もそれに該当致します。ですから、私が名前を頂く事で、個の私が目覚めます」
……個の私?
どういう意味だろ?
「カナタ様、名前を付けてあげてください。なのです」
「えっと〜。そうだなぁ、……安直だけど髪の色が桜色っぽいから、サクラでどうかな?」
「…………認証しました。私の名前は、サクラです。よろしくお願い致します、主様」
椅子に座ったまま、頭を下げる彼女の所作がスムーズで、違和感がない動作が、普通の人間と変わらず、これなら誰にも気付かれまい。
無事目覚めた彼女は、随分と長い間眠っていたので、稼働の準備に時間がかかるというので、椅子1つしかない殺風景な最下層よりも、せめて精神的にはマシなこの食堂へと移動してきた。
最初は、彼女からの質疑応答を素直に受けていた僕とイリスだったが、小腹が空いたので何かないかと鞄の中を漁ると、このパンケーキが出てきたのだった。
「はい♪特に問題もなく、万事良好です。それにしても、この核は素晴らしいです」
「具体的には?」
「はい♪以前の物よりも、違和感もなく私の体にフィットしています。それが私にとって、とても心地よく感じられます」
おぉ。
さすが姉さん。
完璧な姉を持てたことに感謝だね。
「前の物は、今は何処にあるのですか?なのです」
「核は消耗品なので、使用し続けていると自然消滅してしまいます。ですので、もうありません」
僕らは、パンケーキを食べながら、彼女の話に耳を傾ける。
本当に、美味しいな。
このパンケーキ、ゲイツさんにも是非食べてもらおう。
でも、核って消耗品だったのか。
……いや、あの姉さんのことだ。きっとその問題はクリアしているに違いない。
後で、聞いてみよう。
「……主様、有難う御座います」
突然、椅子から立ち上がりスカートの裾を、軽く持ち上げ頭を下げながら、彼女はお礼の言葉を述べる。
「永らく眠っていた私を、目覚めさせて頂いたことに深く感謝致します」
「お礼なら、イリスに。この場所を見つけて、キミを目覚めさせて欲しいと言ったイリスに。僕は、イリスの望みを叶えたに過ぎないからね」
サクラのお礼に、僕は何となく体がむず痒くなってそれを誤魔化すように、頭を掻きながらイリスへと視線を移す。
「実行したのは、カナタ様なのですから、お礼は受けるべき。なのです」
「では主様、イリス様。私、サクラをこれから宜しくお願い致します」
そう言って、再び僕達に丁寧にお辞儀をするサクラを、僕は苦笑するしか出来なかった。
外見は人間と変わらない、機械人形のサクラ。
僕達の観光パーティに、新たなメンバーが増えました。




