042話
「……にしても、良く出来ているなぁ。人間だと思えば、疑う余地が無い」
外観では、繋ぎ目などは見当たらない。
人形の場合、駆動部には繋ぎ目があるものなのに、それがわからない様に、骨組みを隠す為なのか皮膚らしきもので覆われているようだ。
本当に、高い技術が使われているのが分かる。
かといって、服を脱がせて確認する勇気はないし、人形遊びは、趣味じゃないんだよね。
そんな僕とは対照的に、人形の顔や体を指でツンツンしているイリスは楽しそうな表情を見せて、まるで初めて手にした玩具に夢中になる幼子のようで、微笑ましく思う。
その様子から、皮膚は人間と変わらずに弾力性もあるらしい事も目視できた。
「……どうすんの?コレ」
「生き返らせてください。なのです」
イリスは、さも当たり前のように両手を腰に当て、無い胸を張りながら言い放つ。
あ〜。
可愛いねぇ。
癒やされるねぇ。
って、いやいやっ!
人形に生命なんて吹き込めないから!
「……無理って、分かってて言ってない?」
「カナタ様なら出来る。なのです」
……何で当たり前のようにいうのかな?
無理なものは無理なんだけどぉ。
「生命を扱うのは、禁則事項だよ?……無理」
「……カナタ様、お願いします。なのです」
何度も、無理と言っているのに、イリスは何か根拠があるのか、はたまた勘なのか、一向に僕の言う事を聞いてはくれない。
はぁ。
マジかぁ……。
今度は胸の前に手を組んで、僕を見上げてくる。
そんなイリスの懇願攻撃に、仕方なく折れるしかない情けない僕。
「出来なくても、文句は受け付けないからね」
イリスの顔の前に人差し指を立てて、一応念を押しておく。
それでも、僕がやる気を見せたのが嬉しいのか、笑顔でコクコクと何度も頷くイリスの様子に、僕は苦笑しか出ない。
取り敢えず、目の前に鎮座している彼女が、人間なのか人形なのか判別しなくては前に進めない。
彼女の額に手を翳して、全体をスキャンする。
「……やっぱり、人形だね」
結果は、人間の構造ではない事が分かった。
「でも、人形にしては中の構造が複雑過ぎる。コレ、本当に何なの?」
そう、人間では無いと分かる同時に、ただの人形と単純に決めつけてしまう事に抵抗がある材料も見つかってしまう。
「人間でも、人形でも無いという事なのですか?なのです」
「うん。人間の仕組みと同じように造られているんだよね。それも、凄くディティールにも拘っているしね」
僕は、鞄からレターセットを取り出し、姉さん宛の手紙を書いて、再び鞄に仕舞った。
「さっき、冗談半分にロボットって言ったの覚えている?」
「はい。なのです」
「その事なんだけど、冗談でなくなった気がする。創世紀時代、この国では何かの研究していたって話したけど、ひょっとしたらコレなのかも」
僕は椅子に座っている彼女を見下ろしながら、仮定の話をイリスに聞かせる。
「ここは、このコの為の研究施設だったのですか。なのです」
「この部屋だけ、今まで見てきた部屋とは違う物があるしね。その可能性は高い」
ーー違うもの。
今まで見てきた部屋にも、椅子はあったが、謎の金属製だった。
だけど、この部屋の唯一の椅子は、木製。
それだけで、ここが少し異質だと感じられる理由には充分だった。
その椅子に座っている人形の存在もまた、それを肯定するにも充分な理由になる。
「でも、僕では知識が不十分だから、姉さんに指示を仰ぐ事にした。取り敢えずは、返事待ちだね」
そう口にした時、鞄から電子音が鳴り始める。
鞄に手を入れて、触れた何かを取り出してみると、僕の手には小さな小包と手紙があった。
「小包。なのです」
僕は中身を確認する前に、手紙に目を通してみる。
『や〜ん!カナタ元気かなぁ?お姉ちゃんは、勿論元気だから、安心してね♪ちゃんとご飯食べていますかぁ?また、新しいスウィーツ入れておいたから、イリスと仲良く食べるのよ?』
初っ端から飛ばすね。
さすがは姉さんだ。
目がやっぱり滑るし……。
でも、新しいお菓子かぁ。
楽しみだなぁ。
『……所でカナタからの手紙の内容を吟味した結果、目の前のソレは機械人形と呼ばれる代物ね♪創世紀時代には、そこそこ存在していたわ。だけど、その技術は時と共に失われてしまった、言わば時代錯誤遺物よねぇ。』
ーーそれって、オーパーツって事かぁ。
そんな物が普通に存在していた創世紀時代って、最先端技術マジで凄すぎて、逆にワクワクするなぁ。
『きっと、今この世界に理解している人間は皆無ね。だから、何の問題は無いわ♪』
……ん?
問題が無いって、どういう事?
『一緒に送った中身を、その子の胸の前に翳してみて♪きっと、イリスが喜ぶわ♪また、何かあったら何時でも手紙送ってね♪カナタのことが大好き過ぎて仕方がないお姉ちゃんより』
なんだろう。
嫌な予感しかしないよ。
「……イリス、小包を開けて」
「はい。なのです」
姉さんからの贈り物は、ハート型の鉱石だった。




