041話
階が変わっても僕とイリスしかいない静かな空間では、ブーツのカツカツ音や、腰のフックに掛けてある刀が揺れる度にカチャカチャと鳴る金属音やコートが擦れる音など、2人が鳴らす音しか聞こえないまま、無機質な部屋を一つ一つ確認しながら進んで行く。
やはり、残りの階は研究するための部屋だったみたいで、今まで見てきた部屋よりも、一つ分の部屋の広さが随分と多くとってあり、部屋の奥には何か大きな装置を設置する予定だったのか、実際に置かれていたのか、広くスペースを確保してあった。
手前の壁側には、ココに来て初めて目にした棚を確認したが、その中は使われていたのかも怪しい程、何かが置かれていたという形跡がない。
「本当、怪し過ぎるでしょ。この施設」
「綺麗に痕跡が消されています。なのです」
「考えていたんだけどさぁ、これって消しているのかな?単純に、完成したけど使う前に計画が中止になって、使用しなかったのかも?」
「……その可能性も否定できません。なのです」
どれくらい放置されていたのか定かではないにしろ、こんなにも綺麗に生活の痕跡が無いなんて、使用されていない以外に考えられないんだよなぁ。
「掃除ロボットの可能性もあるかも。なのです」
「あぁ。って、そこまで進んでるようには見えないけどなぁ」
イリスは、先程僕が冗談半分で言った言葉をここに来て持ち出してくるが、僕はそれを否定する。
そんなこんなで、僕達は最下層に辿り着く。
最下層だけ、長い通路の正面にドアがあるだけで、部屋はそれ1つだけのようだ。
「生体反応はありません。なのです」
「……でも、何かあるんだよね」
ドアの前で、暫く様子を見てみたり、物音はしないのを聞き耳たててみたりしてみる。
「入ってみる。なのです」
「え〜、僕は遠慮したい」
僕はそう言って、ドアから距離をとる形で離れる。
「……ここは、カナタ様の出番。なのです」
コートの裾を引っ張りながら離すことなく、イリスは僕に遠回し?に行けとおっしゃる。
「元々、イリスが気になるって言うから着いてきただけだし。確認よろしく!」
笑顔でサムズアップする僕に対して、少し複雑そうな表情を見せたイリスだったが、僕の様子で諦めたのか、すぐにキリッと表情を引き締めて覚悟が決まった様子で、ドアノブに手をかける。
一瞬、ロックの類いがかけられているかもと思っていたのだが、そんな心配も杞憂もなく、ガチャッと音がして、すんなりドアが開いた。
部屋の中は当然だが、灯りはない為には暗い。
僕が、光球を2・3個、部屋の中へと入れると同時にイリスも部屋の中へと入って行った。
「……何かあった?」
離れたままに部屋の外から、声をかけるもイリスからの返事は無かった。
イリスに限って万が一にも、命の危険に陥る可能性は低いので、そちらの心配は全くしてはいないのだが、それでも直ぐに返事がないのは不安が湧き上がってしまうわけで。
しかし、ドアに駆け寄って行く程の勇気もないので、仕方なくイリスからの反応待ちに徹した。
お気づきかも知れないので、白状しますが。
僕は、ホラー映画とか心霊系の話とか……苦手。
そう!
怖がりな、チキン野郎なのですっ!
なので、得体の知れない何かがあるカモ。って考えると、素直に行動する勇気も出ない、臆病者です。
……得体の知れない何か。を祓っているヤツがよく言うなと思っている方、その前にお前、霊体験済みじゃんとか。
これはコレ、あれはアレなので理解してくれると嬉しいです。
「いました。なのです」
出入り口から、ひょっこり顔だけを出して報告してくる、イリスがこれまた可愛い。
「いたって?」
「人が倒れています。なのです」
「えっ!?……でも、生体反応無かったよね?」
「だけど、死んでいるようには見えません。なのです」
再び僕のコートの袖口をつまみながら、部屋の中に引き入れにかかるイリス。
「カナタ様に確認して欲しい。なのです」
美少女に上目遣いで懇願されるのは、男として応えない訳にはいかない!
正直、嫌だけど……。
この世界は、アンデッドが存在するんだよね。
アンデッド系なら生体反応は、勿論無いわけで。
僕は内心のビクビクを隠しながら、部屋へと足を踏み入れる。
やっぱり、そこも相も変わらず無機質な空間だったが、1つだけ今まで見てきた部屋とは違っていた。
何もない部屋に、たった一つの椅子。
そして、その椅子に座っている何か。
あの時に見た人影の正体。
「……えっ?……に、人形?」
「人形とは思えません。なのです」
「じゃあ、死んでるって事になるよね?」
「……眠っている。なのです」
「いや、息していないし」
僕には、椅子に座っているソレを人形としか認識出来ないが、イリスには人と認識しているようだ。
さくら色の長い髪に、色白の陶器のような肌、その身を包んでいるのは、白に縁取られた黒を基調とした典型的なゴスロリ服姿の少女が目を閉じて、手足をだらんと伸ばしたまま、戸惑う僕の前で木製の椅子に鎮座しているのだった。




