003話
「ん〜〜。良い天気だねぇ」
僕は、読み終わった本を閉じ、凝り固まった身体をほぐす様に軽く伸びをする。
「はい。今日も良い天気なのです」
僕が座っているソファーから、テーブルを挟んで反対側のソファーに座り、カップを両手で持ちながら外が見える窓に顔を向けて、答える少女。
「今日もかぁ……」
「はい。今日もなのです」
そう言われ、僕は今や見慣れてしまった部屋をぐるりと見渡す。
そっか。そうだよな、ココに来て1ヶ月だもんな。
1ヶ月前に、成瀬奏多の人生を終えた僕は、女神アナベル・スフレールの弟になり、カナタ・スフレールとしての人生が始まった。
姉のアナベルは、天界では女神という役職についている。
そう、女神は職業なのだ。
神の職は、神族だけ。
彼女曰く、かなり難関の狭き門らしい。
多分、軽く自慢が入っている。
だって、小鼻が膨らんでいたからね。
その後の他の職業や種族についての話は、ここでは割愛させてもらう。
勿論、彼女の弟の僕は神族になる。
話を戻すと、姉のアナベルはいくつかの世界を管理している。
世界の創造は天界の頂点に立っている、『父』が行うがその後の管理は、男神と女神が行う。
僕のイメージだと、多分『大いなる父』扱いのデウスさんかなぁ。
僕は神族としては生まれたての赤ん坊?なので、天界で就職した時には会えるらしい。
「その中の1つの世界が特に問題がなかった為に、ちょっと放置しちゃってて」
「放置ってどれくらい?」
「えっと。500年くらい?」
……………えっ?
今500年と言ったよね!?
あ〜。永久の時を生きる神様にとっては、500年は確かにちょっとカモと納得することにする。
それだと、姉さんの年齢も……
「な・ぁ・に♪」
「………いえ、ナンデモナイデス」
怖いっ!
笑顔が怖いっ!
目の奥が笑ってないっ!
ふと、僕は母さんの話を思い出す。
女性は、年齢・歳という単語にはとても敏感で、例え言葉にしなくても、ソレに関してだけは、思念を読み取る事ができる、特殊能力を持っているのだと。
まだ理解が追いつかない幼い僕に、笑顔を浮かべた母さんが話してくれた。
確か、その時の母も目の奥が笑っていなかったな。
幼心に軽いトラウマだったから、忘れていたよ。
……うん。気を付けよう。
「コホン。でね、その世界ならカナタが行っても安心だと思うの」
「安心かぁ。確かに、危険な世界よりは安全な世界の方が良いけど……」
「そうでしょ♪じゃあ、決まりね♪」
そして、僕の異世界行きが決まる。
……異世界かぁ。どんな所なんだろう?
「えっとね。カナタがいた科学の世界と違い、剣と魔法の世界かしら?」
「おぉ!……って本当に安全?」
「えぇ。生態系に特に乱れはみられないし、それなりに文化も確立しているし安心よ」
何となく腑に落ちない感じだが、まぁそこまで奨めるのなら良いのかな。
「でも、カナタ独りだとお姉さん心配だから、守護天使付けようかしら」
いかなる時でも、お姉さんの部分を強調するのを忘れないんだね。
ん?
シュゴテンシ?
姉さんはおもむろに指を鳴らすと、音もなく僕の目の前に人が現れた。
「アナベル様。御呼びでしょうか?なのです」
「えぇ、紹介するわ。カナタ、この子の名前はイリス・グラント。貴方の守護天使よ」
イリスと紹介された少女は、僕に向かって丁寧に頭を下げる。
僕達と同じ銀髪のセミロングで、クリクリの瞳が印象的な小柄の彼女なんだけど、何故にメイド服?
「イリス。彼は私の弟のカナタよ」
「カナタ様、宜しくお願いします。なのです」
再び、丁寧に頭を下げる彼女。
彼女は語尾に『なのです』を付ける子らしい。
だから、何故にメイド服?
「姉さん、シュゴテンシって?」
「守護天使は、天使族の中では優秀な者が就くとされている職業でね、主な仕事は神族を護る事。」
なるほど、守護天使ね。
僕的には、SPのイメージかな。
「じゃあ、守護天使の制服がメイド服なんだ」
「これは、私の趣味よ♪だって、可愛いでしょ♪」
……うん。
なんとなく、そんな気がしていたよ。
僕は、姉のキラキラ笑顔をスルーしてカップに口をつける。
「でも、イリスさんは姉さんの守護天使なんだよね?僕に担当替えして良いの?」
「問題ないわ。他にも、私専属の守護天使はいるから♪」
「じゃあ、これからヨロシクね。イリスさん」
「イリスなのです。さん付けはいりません、なのです」
何?このエプロンの裾をギュっと握りしめながらの、あからさまに勇気振り絞って言ってますって感じのアピール。
可愛いではないかっ!
特に顔を赤らめながらプルプル震えている姿なんて、まるで子犬にしか見えない。
「あ、うん。イリス、よろしくね」
「は、はい!なのです」
僕の言葉に、パッと顔を上げて笑顔を見せてくれたので、取り敢えず一安心。
「それじゃあ、旅支度しなくちゃね♪」
旅支度かぁ。
なんか、ワクワクしてきた。
「まずは、マジックバックね。これ大事」
マジックバック?
あ、確か荷物をいくら入れても大丈夫なカバンだったかな。
僕は、ラノベで仕入れていた知識を思い出す。
「カナタ」
名前を呼ばれて姉さんの方へと顔向けると、テーブルの上には2つの鞄が置いてある。
「これが、マジックバック?」
革製のソレは簡単に言うと、見た目ランドセルを薄くした感じ。
薄いがサイドに折り目がついていて、見た目よりも大きい荷物も入れられるようだ。
焦げ茶色の鞄は、シンプルで僕的には好ましいデザインで気に入った。
「気に入った?」
「うん!」
「次は……何作ろうかしら♪」
僕の返事に気を良くした姉さんは、次々に必要と思われる道具を作っていく。