038話
「ただ今戻りました。なのです」
「おかえり〜」
リビングのソファの上で、ゴロンと横たわりながら朝練から帰ってきたイリスに僕は声をかける。
起床して間もない僕は、窓から射し込む太陽の光に目を細め、欠伸をしながら何をするでもなく、ただボーッとしていた。
イリスはそんな僕に微笑んだ後、一旦は自室に引っ込んだが、直ぐにお風呂セットを手に持ち出てきた。
「少ししたら、朝食の準備をします。なのです」
「は〜い」
横になっている僕を上から覗き込むように言うイリスと視線を合わせながら返事をすると、満足そうに彼女は頷いてから離れる。
「パジャマ姿のままはダメ。なのです」
イリスは僕の耳元でそう言うと、足早に風呂場へ入っていった。
そして、閉まるドアの音を聞いた僕は、途端にソファから飛び起きる。
うはっ!
ゾクッてきたぁ。
無防備での耳元攻撃は、かなりビックリする行為だ。
イリスめ、どこでこんな高等テクを覚えたんだ。
初心な僕では、未だ治まらないバクバクする胸を見ながら、頭を掻くしか出来なかった。
イリスは、体調不良で寝込んでしまう情けない僕とは対照的に、毎朝の修練を欠かさずに続けている真面目さんだ。
姉さん曰く、疲労の原因はおそらく力の制御が不完全なままに、闇を祓った事が起因しているらしい。
本来、神族は重力系の揺れなどは制御できるハズなのだ。
イリスはその能力のお陰で、馬車内では普通だったのだから。
しかし、僕はその幾度かの闇を祓った影響か定かではないが、一時的にその能力が麻痺してしまったのだろうと考えられる。
ーー神族の恩恵や能力は奥が深いんだよねぇ。
まだまだ、把握していないものが沢山あるんだけど、取り敢えず使用回数が多そうなものを、姉さんに教えてもらって下界に降りてきたから、その後はイリスに少しずつ教えてもらっている最中だったんだよね。
これを機会に、諸々の修練をリハビリがてらやっていたら、この森の滞在期間も1ヶ月経過していた。
手紙には、キチンと教えなかった自分の不甲斐なさを嘆きながら、何度もごめんなさい。と書かれていた。
いやぁ、意外にも頻繁にトラブルがやってくるとは僕も思っていなかったから、一概に姉さんが悪いとは言えない。
出掛けた先で、やたらと殺人事件に巻き込まれる主人公とかいたけど、アレはフィクションだから現実にはありえない訳で……。
そんなこんなで、姉さんのアドバイスの手紙を元に鍛錬を始めた。
体調が回復した僕がイリスと修練している間、手持ち無沙汰のゲイツさんは、一足先に王都に行くと言い出した。
「もうすぐ妻の命日なので、墓参りがてら親戚や知り合いに挨拶まわりしておきたいし、カナタ殿達が来ても困らないように、色々準備しておくのも良いかと思うしのぅ」
「分かりました。では1ヶ月後に会いましょう」
「では、城門前で待っていますかのぅ」
そう約束してから2週間が経った。
そろそろ出掛けた方が良いかな?
体得率は、70%といったところだけど。
力の加減も出来るようになったから、自分的には大丈夫な気がする。
「そういえば、瓦礫の山を見つけました。なのです」
着替えを終えて自室から出ると、イリスが食卓で朝食の準備を始めていた。
弁当箱を2つテーブルに上に置き、僕の席にはライムエールの入った瓶とグラスを置いている。
イリスの席には、水の入ったグラスが置かれていた。
「へぇ、そこで修練していたの?」
「いえ、帰る途中で見つけたました。なのです」
僕は、椅子に座り弁当の蓋を開けながら聞き返すと、今日はこの家から5km程離れた場所で修練をしていたのだという。
イリスはあちこちを破壊しまくるから、音を配慮して離れた所で自主練をしてくるのだが、場所は勿論だが、行きと帰りも気分転換を兼ねてその都度、道順を変えるらしい。
ーーきっと、今日も破壊の限りを尽くしたに違いない。
周辺地域に住む人達は、その跡を見て魔物が暴れたと
勘違いし恐怖しているだろうと思うと、ついついその方角に向かい手を合わせてしまう。
「何をしているのですか?なのです」
「……気にしないで下さい」
気分転換と本人は言っているが、追跡スキル防止の為だと僕は思っている。
「それで、瓦礫の山だっけ?何か気になる事でもあった?」
「はい。なのです」
お。
今日はオムライスだね。
でも、ハートマークはやめてください。
恥ずかしいから。
「なんとなくですが。あそこには、何かありそう。なのです」
イリスのオムライスには名前が書かれていたが、彼女はすぐにスプーンでソレを消してしまった。
「……何かって?」
「時間も時間でしたので、軽く探索をかけただけなのですが、地面の下に空洞があったのが少し気になりました。なのです」
「……そこに何かあるカモって?」
「はい。なのです」
オムライスといえば、やっぱりデミグラスソースよりもケチャップで、ふわとろよりもしっかり焼きで、チキンライスだよね。
学食のオムライスがそうだったんだけど、試しに食べたら、その後お腹を壊して午後の授業が大変だったんだよねぇ。
それ以来、ふわとろ系は食べない事に決めた。
なので、母さんが作ってくれたオムライス以外食べていなかったが、姉さんはその通りに作ってくれるのでコレも大好物の1つになっている。
「う~ん。それじゃあ、行ってみようか?あぁ、ゲイツさんがいたら、そこが以前何だったのか教えてくれたかも。タイミング悪すぎだよね」
「ごめんなさい。なのです」
「え?いやいや。イリスに言ったんじゃなくて、ゲイツさんに向けて言った言葉だから。でも、まぁいない人の事を言っても仕方がないし、朝食後に少し腹休めしたら出かけよう」
「はい。なのです♪」
取り敢えず今は、オムライスの味を堪能するとしますか。




