035話
時刻は、夕方から夜に変わる頃。
夕日が沈むと、深い闇がこの世界を支配する。
闇は、人の醜い部分を剥き出しにする。
森の奥で、そんな暗闇の中に1人、深い笑顔を見せる者が立っている。
この場で起きた出来事を思い出して居るかの様に、その者の表情は歓喜か?それとも恍惚か?
「ーー悪趣味だねぇ」
「変態。なのです」
誰もいないハズの場所で、突然聞こえてきた声に、慌てて周囲を見渡すが、もちろん見つける事などその者には出来るわけなくて。
「……こんな暗闇の中で、見つけられるワケないよ。この世界に、暗視スコープがあるなら別だけど。まぁ、科学が進んでいないココにあるはずもなく。その代わりの索敵能力に感知される程、僕達は甘くないし」
「馬鹿。なのです」
暗闇の森の中に、僕とイリスの声が静かに響く。
正体不明の声に、先程浮かべていた笑顔は消えて、その者は怯えの表情を見せ始める。
「でも、上手くやったよねぇ。気に入らなかった冒険者をまとめて始末できて……さ」
僕の言葉に、ビクッと体を震わせて見えないと分かっていても、その者には周りを確認せずにはいられない様子で、キョロキョロと顔を動かしている。
「無駄。なのです」
「……それにしても、まさか返り討ちに合うなんて計算外だったよねぇ。光よ、照らせ」
頭上に光球が現れて、その突然の光に目くらまし状態に陥った彼は、持っていた盾で光りを遮る。
「でも、運が良かった。なのです」
「だね。ゲイツさんに助けられたのだから、ね?……メントさん」
そう、盾越しに睨むように見上げているその表情には、真面目な彼の面影などなくて、ただの醜い犯罪者がいるだけ。
「……何の事か分からないのですが、ひょっとして私が彼等を殺したとでも思っているんですか?ククッ、あの間抜けな魔術師の二の舞になりたいのですか?」
「……本性が出ている。なのです」
「間抜けな魔術師って、ゲイツさんの事?確かに、アンタの思惑通りに、ユルゲンを疑ったのは、僕も弁解のしようがないケドね」
声は聞こえど、姿は見えず。
森の中が昼間の様に明るくなっても、彼は僕達の姿を確認できずに、キョロキョロしながら口を開く。
「それに、もし私が殺したとして君達みたいな子供に何が出来るのですか?いい加減、大人をからかうのは止めて、姿を見せて下さい。そうすれば、今回の君達の行動を許してあげますから」
「剣を抜きながら、言う台詞ではないと、僕は思うけどねぇ。それに例え姿を見せたとして、アンタに僕達を殺す事は不可能だよ」
「愚か者。なのです……ハッ!」
「?ーー何を言っている……がっ!?」
イリスの起こした衝撃波で、彼は飛ばされ大きな木に体を強く打ち付け、息ができないのか胸を押さえて苦しんでいる。
僕が直してあげた鎧は、衝撃波の影響で、所々ヒビがはいってしまった様だが、気にしない。
「別に、アンタを犯罪者で訴えるなんて、甘い事はするつもりはないから」
「黙って聞く。なのです」
イリスは彼の背後にまわり、首元にダガーをあてていた。
「気に入らなかった冒険者達を始末したのは、僕にはどうでも良いよ。素行の悪い奴らだったらしいし……ユルゲンを狙っていた理由も、アンタの口から聞いたし。僕は僕の仕事を完遂するだけ」
僕は、右手の人差し指に嵌めている、指輪をそっと撫でる。
「最初は加減が分からずに、彼女には悪い事しちゃったケド、今回は大丈夫」
「……なっ…何がっ……だ、大丈夫?」
イリスに己の命を握られていても、僕の言葉に不安を覚えたのか、聞き返さずにはいられなかったようだ。
「知らなくて良い事。それと、ユルゲンがアンタの犯した罪に気付いている事も……」
驚愕の表情を浮かべながら、体中を震わせ始める彼に構わず、僕は続ける。
「気付く前に消したかったみたいだけど、ユルゲンは最初から気付いていたんだよ。アンタと出会ったあの日からね。……アンタが村の皆を殺した、あの日からね」
彼が冒険者を志した理由として、ユルゲンとの出会いを僕達に話してくれた昔話。
故郷の村が野盗に襲われた後に、ユルゲンが村で出会った1人の生き残りの彼を、引き取って育ててくれた事を。
「う、嘘だっ!気付くハズなんて有り得ない!……私の、計画は完璧、だった。なのに……どうして」
「知らないし、興味もない。でも、アンタの闇はユルゲンでも、無くす事は出来なかったってことは分かる。それが、今回の出来事を引き起こしちゃった訳だしね」
「う、嘘だぁぁぁ!……気付いていたなんて、嘘だぁ!」
彼の叫びと共に、体から黒い霧が立ち込め始める。
どうやら、ココが限界らしい。
「カナタ様!」
暴れ出す寸前の彼を、イリスはダガーの柄の部分を打ち付けて気絶させたのを確認した僕は、嵌めていた指輪を彼に向ける。
「浄化」
術を発動すると、彼の周りを淡く白い光が照らし始める。
彼の体から出ていた黒い霧が、まるで白い光が吸い込んで居るかの様に、光の中へと溶けていく。
そんな神秘的で何処か悲しげな光景を、僕とイリスはただ黙って見ていた。




