033話
まだ昼前だというのに、陽の光が入らない薄暗い森の奥で、僕達は言葉を失い立ち尽くしていた。
胴が切り離されている者、片方の手足がない者、首がない者、縦にバッサリと斬られている者、顔が潰されている者……まともな死体などどこにもないそんな光景。
まだ、ゴブリンの死骸の方がまともに見える。
壮絶な戦いの後と言えばよいのか、無残な惨状後といえばいいのか。
どうしてこうなったかなどと考えるよりも、まずこの光景を消したいという衝動にかられる。
僕は、とにかく視界にいっぱいの死体と、それに伴う血の匂いで、むせ返りそうになるのを我慢するのが精一杯だ。
ゴブリンと人間が入り混じってしまっている死体を、ただ呆然と見ていたゲイツさんは、杖をかざす。
「ーー待って下さい!」
「なんじゃ?」
「遺体の確認をさせて下さい。それに、まだ生存者がいるかもしれません」
メントさんは、ゲイツさんを制止し死体に近付いて行く。
一緒に討伐隊としてやって来た同志を、一人一人確認していくメントさんの表情は、とても悲しげで辛そうに見えるが。
吐き気を感じた僕はソレを紛らわせようと、木の上まで上がった。
「カナタ様?」
「ごめん、吐きそうだったから」
「仕方がありません。正直私も。なのです」
木の枝に腰を掛けながら、お互いの気持ちを吐露し合う僕達の真下では、メントさんがあちこち歩いている姿が見える。
「何か、イヤな感じだね」
「はい。なのです」
「まさか、ここまでとは思わなかった」
空を見上げて、新鮮な空気を取り入れながら今後の事に思考を巡らせる。
「いかがされますか?なのです」
「目星は付いているけど、その前に姉さんに報告しないと」
僕は鞄からレターセットを取り出し、姉さん宛の手紙を書いて鞄に再び戻した頃には、ゲイツさんが死体を焼き終えていた。
「カナタ殿〜!匂いを消して下さらぬかのぅ!」
「ーー匂いを消す!?どういう事ですか!」
ゲイツさんからの呼び掛けに指を鳴らして、周辺に漂っている血の匂いや焼いた匂いを消してあげると、僕は木の上から飛び降りた。
「ほ、本当に消えましたぁ!」
「……煩い。なのです」
凄いを連発しているメントさんに、イリスは両耳を塞ぎながら辟易した様子。
仲間の死に直面しやすい冒険者にとって、気持ちの切り替えの早さは必須といえるだろうが。
……しかし。
「これから、どうするんですか?」
「皆の遺品をギルドに届けます。事情の説明もしないといけませんし……」
「きっと、信じてもらえない。なのです」
「はい。それでも話さないと、生き残った者の義務ですから」
遺品の入った布袋を握り締めながら、メントさんは意志固くそう答えた。
……生き残った者の義務、かぁ。
でも、危険だよなぁ。
「そういえば、今回の討伐隊ってどうやって組まれたんですか?」
「え?……確か、ギルド長が指名を」
「ユルゲンが?」
「はい。ゴブリンの数に合わせて大勢で行くよりも、少数精鋭の方が良いと仰られて」
メントさんの言葉に、ゲイツさんは顎髭を撫で、険しい顔になったまま黙ってしまう。
……気を付けて、ゲイツさん。
「メントさんから見て、今回の討伐隊に不満はなかったのですか?」
「う~ん、これといって。確かに悪評が目立つ冒険者連中ばかりでしたが、腕は確かなので……特には」
やっぱりかぁ。
目的は、コレだったんだ。
でも、それにしてもおかしい事が1つある。
「メントは、よく討伐隊の引率をしているのかのぅ?」
「あ、いいえ。私はギルド長補佐なので、いつもは本部で待機しています。なので、今回が初めてだったんです。ギルド長が机仕事ばかりだと冒険者としての勘が鈍るのは良くないと仰られて、たまにはストレス発散して来いと」
確かに、毎日書類ばかり相手をしていると、ストレス溜まるだろう。
僕も、ずっと机に向かい続けるのは辛かったし。
……受験勉強とかテスト勉強とか。
魔術師と違い、メントさんの戦闘スタイルからいって、体を動かすの好きそうだし。
「鍛錬は毎日行なっていますが、討伐などで味わう緊張感みたいな感覚はご無沙汰でしたので、今回参加してみたのです」
義務と答えた彼は、とても真っ直ぐな眼を僕達に向けていたが、さて。
……巡り合わせってヤツなのかな。
「メントよ。お主、ユルゲンから最近怒られた事はなかったかのぅ?」
それは、ミスリードだよ。
ゲイツさん。
「へっ?ギルド長からですか?ありませんよ!あの方は、温厚で良い方ですから。補佐を任されるようになって、1度も怒られた事はありません!」
どうして、この場でユルゲンの事を聞いてくるのか、メントさんにとっては訳が分からないといった様子で、不満を顔や声に出している。
「スマンのぅ、気を悪くさせたのなら謝る。だがのぅ、大事な事だったのでのぅ」
「……尊敬しているんだ?」
「当たり前です!私が冒険者を目指したのは、ギルド長との出会いがあったのですから」
キラキラな瞳で右手の拳を握り締めながら、彼は熱く語り始める。
ユルゲンとの出会いを……ね。
「――ナルホドね」
話を聞き終えた僕は、どうして今回の事件が起きたのかを理解したのだった。




