032話
木漏れ日が射し込む木々の中を草を踏みながら、僕とイリスとゲイツさんは歩いている。
少し嫌な空気が漂っている、独特な感じ。
何かが、待っている感じ……。
僕達が休んでいた林の反対側の少し先にネームの森があり、僕はゲイツさんに付き合ってやって来たのだが。
「もう少ししたら、目的地になります」
僕達の方へ振り向きながら話しかけてくるのは、ギルド長補佐役のメントさん。
29歳、男性、独身の人族。
今のメントさんは僕達の前を歩き、鉄製の鎧を身に付けて、左手に重厚な盾を持ち周囲を警戒しながら歩いているが、事情を話していた時と比べて随分落ち着いている。
彼は、昨夜ゲイツさんが背負ってきた鎧男だった。
時は少し遡る。
丁度、朝食を終えて様子を見に向かったイリスが、目覚めた彼に気が付いて、僕とゲイツさんを呼びに来た。
最初は、自分が負っていたハズの傷がない事や、装備品が新品同様になっていたことに驚きすぎて、まともに話をする状況になるまで時間がかかったことは置いておく。
彼は、イリスが用意した朝食を済ませると、少しは落ち着いたのか、どうして怪我を負ったのか理由を話してくれた。
「以前からネームの森にゴブリンが住み着いていたんですが、全て狩り尽くすと後々の生態系に異常をきたす可能性がある為、時々ギルドの依頼として間引く位で討伐をしていたのですが、つい最近もそれで向かった冒険者パーティが、ゴブリンの増殖を確認したと報告を。それで詳しく調べた結果、想定以上の数を確認したので、急遽討伐隊を編成して森に向かったのですが……」
「行ったら、返り討ちにあったってこと?」
「いえ、確かに数は多かったのは間違いなかったのですが、所詮相手はゴブリン。私達は順調に駆逐していきました。……ですが、急に状況が変わってしまったんです」
「どう変わったのかのぅ?」
「それが……よく分からないのです。本当に……」
メントさんは、紅茶の入ったカップを持っていた両手に力が入り、歯を食いしばり、悔しそうに顔を歪ませる。
「……突然…同士討ちが……始まったのです」
「――何と!」
「誰かの魔術の乱射があって……私はソレをいくつか体に受けてしまい……混乱に紛れ…不意をつかれ後ろから」
「バッサリ。なのです♪」
……イリスさん、何故嬉しそうに言ったの?
まさか、天使なのに戦闘狂の気が!?
反対にメントさんは、その時の状況を思い出したのか、顔色が蒼白気味だ。
「報告の義務を果たす為に、なんとか森から抜け出しましたが、意識が朦朧としてきて歩けなくなった所を、ゲイツさんに助けられました」
「しかし……同士討ちのぅ」
ゲイツさんは、何か思う所があったのか顎髭を撫でながら、思案顔の様子。
……同士討ち、ねぇ。
洗脳的な術でも使ったか、或いはパニックに乗じての出来事か……。
冒険者パーティの絆というのはどれ位固いか分からないけど、複数いたらそれは決して一枚岩ではないのだからから、小さな綻びが徐々に広がっていった可能性もあるし、そう考えるとキリがないが。
「ゴブリンって、術使えましたっけ?」
「いいえ。ゴブリンは、基本単細胞な魔物で、殴るや蹴るといった行動しか出来ません」
「じゃあ、冒険者の誰かの謀りごととか?」
「それこそ、まさかじゃのぅ。それが可能になる魔術なぞ存在しておらぬしのぅ」
やっぱり、この世界にはそういう術はないらしいが、ただゲイツさん達が存在を知らないだけで、断言することは出来ないと思うけどねぇ。
この世界にだって、催眠術くらいありそうだし。
「そうなるように誘導するくらいは、いちいち魔術使わなくても出来るよね」
「むむ……人の心に暗示をかけたという事なら、確かにありそうですのぅ」
「頭が良いヤツ。なのです」
結局は、仮定の話だ。
だけど、ゲイツさんはネームの森に行って確かめたいと言い出し、そして、メントさんがご一緒したいと案内役を引き受ける。
「カナタ殿、お願いがあるのじゃが……今回は共に来てはくれんかのぅ」
「ん?僕?」
「ゲイツさん!本気ですか?子供を連れて行くなんて、危険すぎますよ!」
意外なゲイツさんからの申し出に、一瞬キョトンとしてしまった僕をよそに、メントさんは勢い良くゲイツさんに詰め寄る。
「メントよ、人を外見で判断してはいかんのぅ。それに、お主の命の恩人に対していう言葉かのぅ」
「へっ?え……彼が!?」
「――僕、必要ですか?行っても、何もしませんよ」
驚いて言葉を失くしている、メントさんを無視して僕が答えると、それでも良いとゲイツさんは頷く。
「居てくれるだけで、安心するからのぅ」
「言っている意味が分かりません」
ゲイツさんは、僕の言葉に軽く笑うが、本当に意味が分からないや。
「大船に乗ったと思え。なのです」
「いや、イリス。それも分からないから」
「ハハハッ。では、行くとするかのぅ。メント、案内頼むぞ」
「へっ?は、はい。任せて下さい!」
メントさんの肩を叩いて豪快に笑うゲイツさんに、正気に戻った彼はそれに応えるかのように元気に返事をする。
はぁ〜。
体育会系のノリにはついていけないや。
それに、いつから僕は、巻き込まれ体質になったのかなぁ?
いや。
あの女神に出会った時からだね。
うん。
こうして、僕達はネームの森へ向かうことになったのでした。




