030話
キラキラと、陽射しが川面に反射しているのを眺めながら、僕とイリスは休憩という名の、ティータイムを楽しでいた。
いくら、待望の飲み物を手に入れたからといって、イリスが淹れてくれる紅茶を飲まないという選択肢は、僕にはない。
僕はイリスの淹れてくれる、ロイヤルミルクティーが大好物だったりする。
休憩する為に、スペース確保の為の自然破壊をしてまで、テーブルと椅子を用意するイリスさんは、本当にできた守護天使であります。
「姉さん、最近スウィーツまで鞄に入れてくれるけど、なんだろう?この世界への対抗意識でも持っているのだろうか?」
「全ては、カナタ様の為。なのです」
僕のカップにお代わりの紅茶を注ぎながら、イリスは姉さんを讃える。
「それで、このお菓子の名前は何というのですか?なのです」
「コレは、チーズケーキだよ。天界には無いの?」
僕が今食べているのは、スフレチーズケーキだ。
ケーキの中では、コレが1番好き。
そういえば、僕が天界で口にしたお菓子は、クッキーとマカロンだった気がする。
「こんなにフワフワなお菓子は、食べたことがありません。なのです」
「硬い……いや、歯応えがある感じのお菓子しか、天界にはないってコト?」
「私が知る限りは。なのです」
へぇ、そうだったんだぁ。
何かイメージ的に、フワフワで甘々なお菓子を食べているって勝手に思っていた。
「ってか、姉さん。どうやって、僕の好物知ったんだろうか?」
「おそらく、カナタ様の記憶データを元に、知識を得ているのではと推察します。なのです」
記憶データってことは、僕の前世の記憶を何らかの方法で抜き取ったって事かな?
ーー意外と天界って、電子社会だよねぇ。
それにしても、ゲイツさんと別れて結構歩いた気がするし、時間も経ってるはずだけど、もう街道に戻っても良いかな?
ケーキを食べ終わり、カップの中の紅茶をん飲み干してから、僕は街道がある方向へと千里眼を発動しようとしたその時、視界に人が近付いて来るのが見え、焦点を合わせて来る者を確認する。
「あ〜ぁ、討ち漏らしたんだねぇ。イリス、こっちに野盗さん来るよ」
一瞬、ゲイツさんかなと思ったのだか、背に布袋を背負い、ボロの皮の鎧を身につけ、体のあちこちに怪我を負っている様子から、逃げてた賊だと、僕は認識した。
「まだ、距離はあるし、向こうは当然コチラには気付いていないね。さて、どうするか」
「アレ、下っ端には見えない。なのです」
イリスに言われて改めて見ると、確かに蛇行しながらやってくる賊が背負っている布袋を見る限り、中身は戦利品のようだ。
想像だけど、ゲイツさんが参戦して戦況が変化、優勢だった賊達が劣勢に追い込まれ、「せめてお頭だけでも」的な流れで、逃がしてもらったのかも知れない。
「だけど、それでも、助からない運命であった」
「?」
「……いや、こっちの話。にしてもどうしよっか」
このまま、ココにいたら、あと数分で鉢合わせになってしまう。
成敗するか。
見逃すか。
「カナタ様。アレの運命は、既に決定しています。なのです」
「確かに、ココで見逃しても、意味はないんだけどさぁ」
「でしたらココで引導を渡すべきかと。なのです」
「それでも、良いけど。僕達には、この世界の住人を殺す事出来ないよね?」
そう、僕達は最低でも半殺しまでしか出来ないという制限が掛けられている。
例え、殺したいほど憎い相手がいたとしても、重傷を負わせるくらいが精一杯で、致命傷を与えることは僕達には不可能。
「……そうでした、不覚。なのです」
いやいや。
心底悔しがらないで!?
マジで殺る気でしたか!
「はぁ、取り敢えず気絶させて、後のことはゲイツさんに丸投げって事で」
「了解。なのです」
そうこうしている内に、草花がガサガサと音を立て始め、そこから1人の薄汚れた賊の男が、姿を現した。
「なっ!?……何だ、ガキかよ。驚かせやがって」
僕達に気付いて一瞬ビクッと驚いたものの、相手が子供と分かると、一度振り返って追手がいないことを確認した男は、安堵の表情へと変わる。
「うん?お前らガキのくせに、良い身なりしてんなぁ。さっきの生き残りかぁ?」
生き延びたことにより、心に余裕が生まれたのか、僕達の姿を舐めるように見て、下卑た笑いを浮かべながら、手に持っていた剣を見せびらかす様に、僕達に向ける。
本当に、こういう人種はやたらとポジティブな思考の持ち主が多い。さっきまで敗走していた事など忘れて、目の前の獲物に興奮している。
「オラ!ガキ共!命が惜しければ、身ぐるみ全てコッチに渡しやがれっ!」
剣を突き出せば、泣き叫ぶとでも思っているのか。
大声で威嚇すれば、泣いて命乞いをすると思っているのか。
相変わらず、己の勝ちを信じて疑わないムカつく程の下卑た笑いを見せる男。
「――この人、何言ってんの?」
「現状の把握ができてない、バカ。なのです」
「そっかぁ、馬鹿は死んでも治らないって言うし、空気読めないのも納得」
「なのです」
一方の僕達は、場違いはお前だと言わんばかりに、普段通りの会話。
「んだとっ!いいから、身に着けている物全部よこせっ!殺すぞっ!」
「殺すぞ、だって。」
「笑える。なのです」
剣を構えたまま脅しかかる自分とは対照的に、ソレを馬鹿にする余裕な態度の僕達を見て、男は何かがおかしいと感じたのか、キョロキョロと周囲を見渡し始める。
「――誰もいないよ」
僕は、男に近付いて持っていた剣を指でつまんだ。
ヌルっとした感触が不快感を誘うが、ソレを表に出すことはしない。
同情など、ただの偽善だ。
ーーそれに僕は、見捨てたのだから。
「なっ!?何しやがる!」
男は僕の行動に驚き、剣を引き抜こうともがくが、子供が剣先をつまんでいるだけなのに、大人の自分の力でビクともしないことに、次第に恐怖に直面した様な表情へと変わり始める。
「やっと、気付いた」
「な……なん…の」
僕の笑顔が、さらに男の恐怖を煽ったのか、声が震えている。
「アンタが獲物で、僕達が狩人。ってこと」




