029話
食事を済ませ、マインの街を出た僕達は、のんびり王都への道を歩いていた。
出る前に、冒険者ギルドから何かしてくるかと思っていたが、それも杞憂に終わり何事も無く出発できた。
「王都まではどれ位で着きますか?なのです」
「そうじゃのぅ。村の数は覚えておらんが、街は5つ通過したあとに、王都が見えて来るはずじゃのぅ」
石畳だった道も暫くすると、土の道へと変わるが、道幅はずっと馬車同士が擦れ違うには、充分の広さが保たれている。
僕はお気に入りのフルーティーエールが入った瓶を片手に、2人の後ろからのんびり木々を眺めながら歩いていた。
僕にとって馴染みのある形状の瓶は、コレまた姉さん特製であり、キチンと密閉された状態で鞄に収納されている。
これからは、姉さんが製造してくれるから、炭酸飲料はについては困ることはないだろう。
時折、僕達を抜いて行く馬車の土埃に辟易していたが、風の障壁を纏うとそれも気にならなくなり、こうして飲み物片手に歩いている。
「このままだと、村に到着する前に、野宿決定?」
「近くの村までじゃと、3泊くらいはするかのぅ」
「携帯住居が大活躍。なのです♪」
そうだった。
ソレがあったんだなぁ。
「あの街の宿屋には、風呂が無かったからなぁ」
「ハハハッ。カナタ殿は、本当にキレイ好きですのぅ。しかし、湯浴みの慣習は王族くらいですのぅ」
「風呂は大事。なのです」
貴族でもシャワー止まりで、一般人は冷水や温水をタオルに湿らせて体を拭くくらいと、ゲイツさんは教えてくれる。
この世界では、魔石の存在のお陰で、湯を沸かすのにも水の心配もないが、それでも金銭面の問題もあり、一般人は、井戸から水を汲み上げ、未だに乾いた薪で、火を熾しているのだそうだ。
「――格差社会かぁ」
結局の所、どこの世界も世の中お金なのだ。
それにこの世界に、プライスレスなどという言葉は通用しそうにない。
理不尽な事が、平気でまかり通るこの世界では。
「この先、何か変。なのです」
イリスが、異変にいち早く気付き前方を指差す。
見ると、1kmくらい先に土埃が大きく上がっている。
「何かが起こっているのは、間違いなさそうじゃが、ココからではよく分からんのぅ」
「馬車が賊に襲われているみたいだよ?」
土埃の影響で視界が悪い状態では、ゲイツさんでも流石に判断ができないようだったが、視力が良い僕からしたら、なんなく状況は見てとれた。
土埃が大きく上がっている原因は、馬が暴れていることに起因しているようだ。
「確かに、マインの街で商品を仕入れて王都まで売りに出る商人もいるそうじゃし、襲うには理がかなっておるにはおるがのぅ」
「護衛の人達が乗っているハズだよね?」
僕は、馬車が僕達を抜いて行く時に、何故か勝ち誇った様な表情を見せた冒険者を見ていたのだ。
何故彼らがそんな顔をしていたのか?何に対しての優越感だったのか?は、僕には知る術はないのだけど。
「あの感じだと多勢に無勢。なのです」
「ふむ。野盗側が優勢という事かのぅ」
ゲイツさんは、肩掛けバックから杖を取り出す。
どうやら、救助に行くようだ。
「それじゃあ、僕とイリスは少し遠回りだけど、迂回して行きますか」
「はい。なのです」
そう言い残して、木々が生い茂った林の中に入って行く僕達。
「――カナタ殿!」
「はい?」
「……助けるつもりは、ないということですかのぅ」
背後からの声に僕が振り返ると、ゲイツさんは少し残念そうな顔をしていた。
僕が積極的に救助に行くとは、ゲイツさんも薄々だが思ってはいなかったのだろう。
だけど、こう露骨に面倒事を避ける素振りをする僕に、少し疑念を抱いたようだ。
「この世界の問題は、この世界の人が解決する事。本来、僕が関与すべき事ではないんですよ」
「……確かに、それは理解出来ますがのぅ。しかし」
「まぁ、例外も多々存在しますケドね。でも、なるべく穏便にいくならその方が良いので」
「ゲイツさんはこの世界の人、だから行くと良い。なのです」
「事が済んだら、追いかけますからのぅ!」
どうやら、行くと決めたらしい。背後からのゲイツさんの声を聞きながら、僕達は林の中を進んで行く。
僕達にゲイツさんの行動を制限する権利なんてないんだ。だから、彼の思い通りに行動してほしいと、僕は願っている。
「王都の方角は分かっているから、後はどれ位の距離で迂回するかだけど……」
僕の前で、生い茂っている草花を倒しながら道を作っていくイリスに話しかける。
「このまま進んだら村とかにでますか?なのです」
イリスの言葉に、千里眼を発動してみる。
どうやらこの先には川が流れていて、横断を遮っていることを伝える。
「それでは、そこまで進んで王都方面へ。なのです」
「そうだね。無理して渡る事もないしね」
僕達はソレを指標として、進むことにする。
濃い緑の匂いが漂っている中を、暫く無言で歩いた後、微かに水の音が、聞こえてくる。
薄暗い木々の先に、陽射しが差し込み始め、林から抜け出したすぐ目の前に川が流れていた。
「川。なのです♪」
「川だねぇ」
マインの街方面が川上で王都方面が川下のようだ。
木に掴まりながら、川を覗くと、水は澄んでいて川魚や川底の石もバッチリ見える。
「この服装だと気温は関係ないケド、暑かったら水浴びとかには最適な場所だね」
「機会があったらやってみたい。なのです♪」
僕達は、川に沿って木々の間を進んで行く。
見慣れない草木を眺めながら、僕は鞄からフルーティーエールの瓶を取り出し蓋を開けて飲んだ。
何度か飲むうちに、僕はこのフルーティーさの正体に気付いた。
コレってライム味かも?
レモン味も出ていたケド、僕はライム味を好んで買っていた事を思い出す。
「――ライムエールが正式名称に決定致しました!」
「パチパチ。なのです♪」
僕が大袈裟に瓶を掲げて宣言すると、口で効果音をつけながら拍手をするイリス。
僕達は中々に、よいコンビになりました。




