028話
「さぁ、食べてくれ。食事は俺の奢りだからな!」
低音ボイスのマスターは、上機嫌でテーブルにお皿を置いていく。
余程、僕がフルーティーエールを買い取ったのが、嬉しいようで、微かに鼻歌も。
1皿目は、見た目は丸形の卵焼きのソレは、4〜5cm位の厚みで野菜のような具材が所々見え、硬めに仕上がっているようで、表面にはこんがりとした焼き色があり、とても美味しそうだ。
もう一皿目は、見た目は海老やマッシュルームっぽい具材が煮込まれていて、ほんのりニンニクの香りがして、コレも美味しそうだ。
あとは、見た目がポテトサラダと硬そうなパンのサンドイッチ。
あっという間に、テーブルの上が料理に盛られた木製皿で埋め尽くされた。
この店では、1人一皿ではなく、仲良くシェアするスタイルのようだ。
「高級店ではない限り、大体大皿で出てきて皆で分け合うのぅ」
と、ゲイツさんが小皿にサラダを取りながら教えてくれた。
具材はそれぞれだが、どれもこの国ではポピュラーな料理らしい。
「この卵焼き、オイルが効いていて美味しい。なのです♪」
イリスは嬉しそうに食べている。
今現在の僕の食事情は、ほぼ姉さん製の弁当だが、イリスは本来料理好きで、研究も怠らず腕前もかなりたつらしい。
今度、イリスに作ってもらおうかな。
「この煮込みは少しピリ辛だけど、美味しいよ」
この店の料理は中々に口に合って、食が進む。
お腹が空いていた事もあり、サンドイッチのパンの硬さも気にならなくて、たちどころに無くなってしまう。
「どれも、美味しかった。なのです♪」
僕達は満足に食事を終えた時、店のドアが開いた。
僕達の時と同じように、カウンターから低音ボイスで、「いらっしゃい」と声をかけるマスターには、目もくれず真っ直ぐに来店者は僕達のテーブルに向かってくる。
姿勢がやたら良いその人物は、テーブルの前に立ち止まり、懐から筒状の物を取り出した。
ソレは真ん中で紐を巻かれて、結び目には、ロウで印を押されている。
盗み見防止の手段みたいだけど……。
「ゲイツ・シューマン氏に、ユルゲンギルド長より書状をお持ちしました」
せっかく良い気分でいた僕達は、嫌な名前を彼から聞き一瞬にして顔を歪める。
「何の用かのぅ?」
ゲイツさんは、差し出してくる書状を受け取りたくない様子で、持ってきた彼に内容を尋ねる。
しかし、事情を知るはずもない彼は、ゲイツさんの態度に眉をよせつつ口を開く。
「内容は分かりかねます。ギルド長、直々の書状は冒険者にとって大変名誉な事。わたしには、貴方の態度が納得しかねます」
カッチ〜ン!
名誉って何?
この人の態度は、僕には全く理解出来ない。
盲目的に、ユルゲンを尊敬しているようだが、本質を見極められないヤツは、モブ決定だ。
「……それは、この街の冒険者の認識かのぅ?だが、生憎と儂はこの街の冒険者ではないしのぅ。それに儂はヤツとはさっき仲違いしたばかりでのぅ。正直に言えば関わりたくないのぅ」
「なっ!?ギルド長にそんな態度とは!」
彼にとっては神に等しい人物であるユルゲンを、ヤツ呼ばわりされて腹が立ったのだろう。腰の得物を抜く態勢にはいるが、瞬時に僕の手が彼の剣のグリップの先を抑えた。
「――コレ抜いた瞬間に、アンタの首が飛ぶよ?」
僕の忠告を無視して、彼は精一杯抜こうと試みるが、イリスが食事用のナイフの刃を己の首もとに当てている事に気付いて、その表情が驚愕に染まり動きを止める。
膠着状態の後、額から一筋の汗が流れ、剣を握っていた彼の手から力が抜けるのを確認した僕は抑えていた手を離して、テーブルの上のコップを持った。
「落ち着いてくれてど~も」
僕は、コップの中身を飲んだ。
あ〜、美味しい!
シュワシュワ感が、喉に心地よい。
炭酸サイコー!
「突然やって来て、逆ギレに抜刀未遂。そんな使者を寄越すヤツの手紙なぞには、興味は無いし従うつもりはないのぅ」
珍しくゲイツさんは、露骨に不機嫌さを顕にする。
「声に出して読んでくれるかのぅ。できないのなら、そのままギルドに帰ってほしいのぅ」
そんなゲイツさんの言葉に、一時逡巡した様子の彼は、書状の紐を解きはじめる。
あぁ。
これから先もこういう頭の固い連中に、何度も出会うのかぁ。
僕、いつまで耐えられるかなぁ。
キレて、力の行使なんてしちゃうと、何かもう後戻り出来なくて、逆に開き直って無双しちゃうかも。
いっそ、無双した方がラクっぽいなぁ。
冒険者でこれなんだから、貴族や王族なんてもっと酷そうだし、旅するの躊躇っちゃうよ。
まぁ、その時になってから決めるとするか。
それにしても、さっきの今で書状なんて、ユルゲンって何考えているのかなぁ。
いや。
きっと、何も考えていないな。
「ネームの森の奥にゴブリンの集落が発見されたのだが、報告された数が数だけに、この街の冒険者だけでは、対応が困難。よってランクAである、ゲイツ・シューマン殿に協力をお願いしたい。尚これは特別依頼である。引き受けてくれる事を期待する。マインの街冒険者ギルド長、ユルゲン・シュバイツ。以上」
はぁ。
ゴブリンねぇ。
僕には、イリスくらいの大きさで雑魚キャラって事しか想像ができない。
ってか、この依頼はゲイツさんだけみたいだから、僕とイリスは、この街で待つか、先に行くか、どうしようかなぁ。
「――断る」
ゲイツさんは、ぶどう酒を飲みながらキッパリと言い切った。
「なっ!?」
書状を両手で持ったまま、ゲイツ氏の発言に驚いたのか開いた口が塞がらない状態の伝令くん。
僕も、内心は驚きだよ。
本来のゲイツさんは、勇者タイプ。だから、基本困っている事案は放っておけない性格の持ち主なのに、ソレをバッサリ断るって事は、本人の中では僕が想像しているよりも、かなりのご立腹らしい。
「儂に頼む前にカナタ殿達に謝罪しろと、あとは討伐にはお前が行けと、ユルゲンに伝えてくれるかのぅ」
ご立腹ではあるのだが、相変わらずの、のんびり口調で顔や態度に出さない所が、大人過ぎていて本当に感心してしまう。
「し、しかし!」
「……良いから、伝えてくれるかのぅ」
なおもゲイツさんに言い募ろうとした伝令くんだったが、言外に拒否を認めさせない圧力に負け、体を丸めた姿で店から出て行った。
あの人も、怒られるのかな。
「ふぅ、折角良い気分だったのに台無しだのぅ」
はぁ。
本当に、台無しだよ。




