027話
とある一軒の店の前に、僕とイリスとゲイツさんは立っていた。
お腹が空いた僕は、マインの街を出発する前に、折角だからご当地グルメを食べようと2人に提案。
そこで街をあっちへウロウロ、こっちへウロウロして、見つけたのが今立っている場所だ。
とても良い匂いが店の外まで漂ってきているのだが、入るのには勇気がいる外観で僕達3人は、迷っているところ。
「看板がない。なのです」
「ココだけ暗いよね?日が当たらないから?」
「こういう所は、穴場と決まっているハズだのぅ」
メイン通りから外れていて、路地の更に路地にこの店はあり、人通りも全くない。
ゲイツさんは顎髭を撫でながら、入る気満々なのだけど、僕の方は躊躇してしまう。
この街の宿屋は、星3個。
この街の屋台は、星2個。
この街の雰囲気は、星3個。
この街の冒険者は、星0個。
マインの街の、僕的評価(満点は星5個)なんだけど、この食堂が最後の思い出になるので、どうしても慎重になってしまうのだ。
だったら、メイン通りの方が確実じゃね?と思うのだが、それではつまらないという思いもあるわけで行き着いたのが、ココというわけで。
「……イリス、お願い」
「分かりました。なのです♪」
結局、イリスさんにお願いしてしまう小心者の僕。
言っておきますが、本来の僕は人見知りの小心者。
イリスが傍に居てくれてくれるから、本来の僕はあまり出てこないのです。
そんな僕とは反対に好奇心旺盛のイリスは、木製のドアを押して臆することなく、中へと入って行く。
「たのもー。なのです」
いやいや、道場破りではないですから。
やっぱり天界人の言葉のチョイスはオカシイ。
3人が中へと入ると、カウンターで葉巻をくわえた男性がダルそうに「いらっしゃい」と答えた。
店内の雰囲気は、食堂というよりは酒場みたい。
それなりに、年季が入っている内装だ。
僕達は、出入り口から近い席に座る。
年季のはいった丸テーブルに、背もたれのない椅子が、自然と僕からワクワク感を引き出してしまう。
こういうオールド感が漂う店も良いなぁ。
「ご注文は?」
低音ボイスのマスターが、カウンターから声をかけてくる。
どうやら、店は彼1人でやっているようだ。
店内を見渡すが、テーブルにも壁にもメニューが書かれているものが、一切見られないということは、口頭でやり取りするスタイルのようだ。
「酒は何がありますかのぅ?」
そして、やっぱりゲイツさんは取り敢えずお酒な人だった。
「うちはエールと蒸留酒が何種類とぶどう酒だ」
「では、ぶどう酒を1つもらおうかのぅ」
「料理はオススメでお願いします。なのです」
イリスさん。
ファインプレーです!
GJです!
「僕達はお酒飲めないので、アルコールなしの飲み物を」
「あいよ」
すぐに低音ボイスのマスターは、先に木製のコップを3個運んできた。
接客する時は、葉巻吸わないんだ。
意外にきちんとした人で安心する。
テーブルに置かれた、コップの中を覗いてみると、透明色で細かい気泡が見られた。
未知の飲み物に恐る恐る一口飲んでみると、僕は言いようがない既視感におそわれる。
「……コレって」
ゲイツさんもイリスも、美味しそうにそれぞれに飲み物を口にしている。
僕は、この味を知っている。
もう、遠い過去になってしまっていた前世の記憶を呼び起こす。
コレって炭酸飲料だ!
僕が、この世界にきて欲していた飲み物。
でも、味は僕が知っているものだが、色が違う。
僕が知っている色は黒かったケド、コップの中身は無色透明。
それに、少しフルーティーな気がするし。
それでも、僕にとってはハマる味だ。
「すいません!コレの名前教えてください!」
思わずカウンターに向かって、僕は大声を出していた。
「あぁ、済まんな。不味かったか?弟が故郷で製造している飲料なんだが、この街の奴らには不評でな。ダメもとで出してみたんだが、やっぱりダメだったかぁ、悪ぃなボウズ」
低音ボイスのマスターは、バツの悪そうな顔で謝ってくる。
不味い?
コレが?
えっ?
なんで?
この街の人は、この味の良さが分からないのか?
「いえ、僕の大好きな味です!売れないなら、僕が全部買います!」
「……は?」
「ですから、買い取ります。これ名前は?」
「……取り敢えずフルーティーエールって呼んではいるが、正式な名前は無いんだ。っていうか本当に買い取ってくれるのか!?」
「はい!」
よっぽど困っていたのだろうか、僕の言葉に初めての笑顔を見せるマスター。
「コレを不味いと言う人は味覚オンチ。なのです」
イリスが信じられないという感じで、彼女もこの飲み物が気に入ったようだ。
「ありがとうよ!……だが、3樽あるんだが本当に買い取ってくれるのか?」
「取り敢えず、1樽は小分けにして2樽はそのままにしようかな?」
後は姉さんに丸投げってことで。
「鞄からきっと小分け用の入れ物があるハズ。なのです」
確かに、他の世界を監視しながらも、チョイチョイ僕の事見ている様子だし、姉さんなら既に用意していても不思議ではない。
「あ〜、商談中に申し訳ないがのぅ。そろそろ料理も欲しいかのぅ」
ゲイツさんの呆れた声に、我に返ったマスターは慌てて調理に戻っていき、僕とイリスは謝りつつ鞄の中を漁るのだった。




