024話
宿屋の固い木製の椅子に座りながら、イリスが淹れてくれたホットミルクを飲みつつ、朝食の余韻を楽しんでいた僕の所に、食堂で朝食を済ましたゲイツさんが戻って来た。
「食堂で聞いた話なんじゃがのぅ、スラムの下水道でレイナの死体が、発見されたらしいのぅ」
気持ち良い朝の会話ではないと、僕は顔をしかめるが、ゲイツさんには気付いてもらえない。
「……そう」
「噂していた連中は、少女と言っておったんじゃが、特徴を聞いて儂がレイナと思っただけだがのぅ。それとその後の話では、門の警備兵の詰所の傍らに魔術師の少女がいたので、保護されたらしいのじゃがのぅ……」
「どうかしたのですか。なのです」
「特徴を聞いた様子だと、レイナと同じパーティのアビーだと思うのじゃがのぅ。しかし、その子には記憶の喪失がみられるらしくてのぅ。自身の事が全く分からないらしいのじゃ」
イリスが用意してくれた紅茶を飲んで、ゲイツさんは一息つく。
「昨日出会ったばかりの彼女達が、まさかこんな事になるとはのぅ。一緒にいた少年達は無事だと良いがのぅ」
ゲイツさんの瞳が悲しげな色を帯びている。
ーー本当に、良い御仁だよ。
「カナタ殿」
しかし、この世界ではよくある話のようで、すぐに表情が引き締まるのは、長年の慣れか。
「はい」
「今日は冒険者ギルドに、顔を出してみようと思っておるのじゃが、良いかのぅ」
冒険者ギルドかぁ。
どんな所なのかな?
「どうして、ギルドに?なのです」
「うむ、何でも知り合いがこの街のギルド長になっておってのぅ。それに、冒険者はまず始めにギルドに顔を出すのは礼儀だからのぅ」
何となく、嬉しそうに顎の髭を触るゲイツを見て、僕も同行する気になった。
「今から行くんですか?」
「いや、ギルドは大体朝の時間帯は、冒険者が依頼を求めて殺到するからのぅ。時間をズラした方が良いのぅ」
朝に依頼を受けてから仕事に出かけるって事かぁ。
うん。
確かにそんなイメージだなぁ。
そういえば、僕って労働したことがないなぁ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ココがギルドですか?なのです」
広場の入り口右側に、冒険者ギルドはあった。
ギルドの入り口は、スイングドアになっているのを見て、テンションが上がる僕。
昔の映画で観たやつだ!
両開きで押したら戻ってくるタイプのドアだぁぁぁ!
ゲイツさんを先頭に、ワクワク気分で僕はイリスと中に入った。
正面には、受付のカウンターで受付のお姉さんが3人ほど立っている。
入って右側には、掲示板がありそこには依頼内容が書かれた紙が乱雑に貼られている。
左側は酒や食事ができるような場所のようだ。
チラホラと数人は酒を飲んでいるようで、入って来た僕達を見て鼻で笑う、まだ昼前なのにどうやら彼らは既に出来上がっているようだ。
「ユルゲンギルド長に、ゲイツが会いに来たと知らせてくれんかのぅ」
「え?ギ、ギルド長にですか?」
受付のお姉さんその1は、ゲイツさんの第一声に驚いた表情で動揺を見せる。
マニュアル外の対応には、慣れていないらしい。
しかも、ゲイツさんの外見は30代半ば。
ゲイツさんの知り合いというのだから、おそらくその人物の年齢は、50代から60代だろう。
ギルド長がどれだけ偉いのか僕には分からないけれど、言葉は汚いが突然現れた若造が名指しするのは確かに驚くかも。
「失礼ですが、カードの提示をお願いしてもよろしいでしょうか?」
ゲイツさんは、少し不思議そうな顔をしながらも、言われた通りカードを受付カウンターに出す。
「き、金!?ランクA!」
受付のお姉さんその1は、目の前に金色カードが現れて、再び驚いた表情で大きな声。
さっきからニヤニヤした顔で、こちらを見ていた連中は、受付のお姉さんその1の声で、ギョッとした顔に変わった。
……こういうのって、個人情報ってやつなのでは?
この世界には、個人情報保護っていう概念はないのかな?
「ちょっと!大声で冒険者さんのランクを叫ばない!」
あ。
一応あるんだ。
隣に立っていた、受付のお姉さんその2が小声だが強い口調で、受付のお姉さんその1の横腹を肘で小突いて注意する。
小突かれた受付のお姉さんその1は、「あっ」と手で口元を隠すがもう遅い。
「わわっ、申し訳ありません!し、しばらくお待ちください!」
それでも、受付のお姉さんその1はまだパニックを起こしたままのようで、オーバーリアクションで謝罪をした後そのまま慌てながら、階段をパタパタ上がって行った。
受付のお姉さんその2は、額に手を当て溜め息をついていた。
落ち着きのない、お姉さんだなぁ。
後で、説教されるんだろうな。
僕は、他の受付のお姉さんや職員の人を眺める。
人族しかいないや。
そういえば、他の種族をこの街では、まだ見ていないなぁ。
たまたまいないのか、それともこの街が、人族至上主義なのか。
「お待たせ致しました。ギルド長がお会いになるそうですので、案内でします」
パタパタと階段を下りて来た受付のお姉さんその1が、少しは落ち着いた口調でゲイツさんに声をかける。
「僕とイリスは下で待っているので」
「良いのかのぅ」
「再会の邪魔はしたくないですから。ゆっくり話してきてください」
そう言うと、ゲイツさんは嬉しそうに頷いてから、受付のお姉さんその1の後から階段を上がって行った。
僕とイリスは、ゲイツさんを見送った後、先ほどチラリと見た、掲示板へと足を向ける。
「たくさんあります。なのです」
乱雑に貼られているので見辛いが、まぁ読めなくもないし、時間潰しにはちょうど良いか。
内容は、特定の薬草採取や剣術指南や商隊の護衛や特定の魔物討伐など様々があり、その隅っこにはA〜Eの判子が押されている。
多分、依頼を受けられるランクの目安なのだろう。
それに合わせて報酬の金額も書かれている。
そして冒険者達は、内容と報酬を照らし合わせて、仕事を選んでいるのだろうと、想像ができる。
「色々あるって事は、この街は仕事するには不自由しないだろうね」
「はい。なのです」
「お仕事を受けるには、ギルドに入らないとダメですよ」
僕達の様子を見ていたのか、先程の受付のお姉さんその2が話しかけてきた。
「入っています。なのです」
何故か自慢気に胸を張る、イリスさん。
でも、可愛いから許す!
受付のお姉さんその2も、イリスの様子が微笑ましく思ったのか笑う。
声には決して出さないけど、お姉さんよりイリスの方が年上ですからね。
見た目は、確かに保護欲をそそる彼女ですが。
「そうなんだ?ランクに合わせたお仕事紹介出来るから、良かったらカード見せてくれないかしら?」
「はい。なのです」
イリスはお姉さんに自分のカードを見せると、お姉さんの顔色が変わるが、それも一瞬で笑顔に戻る。
「ランクDなのね。それだとこの辺り……」
へぇ、お姉さんその1よりもこの人はさっきの態度といい、やはり仕事が出来る人のようだ。
「ハッ!偽造カードじゃねぇのかぁ?」
背後からまさかのテンプレ台詞が聞こえて、僕は溜め息をついてしまう。
はぁ、前略、姉さん。
これって何の嫌がらせですか?




