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023話



 オレンジ色の屋根を、跳ねるように軽やかに、そして音もなく滑るように駆けている人影が2つ。


 この世界では、気配を感知する能力を持っている者が存在するが、そういう者さえも含んでこの人影に気付く事はない。


 天族の恩恵の1つ。

 不可視の力。


 この力のお陰で、屋根の上を走っていても、誰にも気付かれることはない。


 そして、その身体能力。


 天族は、全ての世界を統べる者。


 そんな彼らに、下界の常識は通用しない。

 よって、重力というものさえも関係ない。


「カナタ様、黒猫亭。なのです」


 目的の建物に到着した僕達は、ある人物の所在を確認する為に、部屋の窓から覗くが、目当ての人物はいなかった。


「はぁ〜。……どうやら実行してしまったようだね」


 僕は、宿屋の屋根の上から千里眼を使う。


 目当ての人物は、最初に見かけたあの場所へ向かっているようだった。


「見つけたけど、その前に他も確認しないとだね」


 イリスと共に、飛び回りながら探していると、街の人々には危険なエリアと認識されているスラム地区の少し奥まった場所、その下水道の溝で1人目を発見した。


「レイナ。なのです」


 そう、見つけたのは手甲の少女。


 昼間に出会い、元気に快活にゲイツさんと話していた少女だったが、今の彼女は目を見開いたまま、その顔は恐怖に引き攣った状態で、息絶えている。


 首を掻っ切られ、上半身には数えるのが面倒なくらいの刺し傷。特に抵抗した様子は見受けられない。

大量に出血したハズだが、下水に殆どは流されたようだった。


 こういう場面に遭遇したら、絶対吐き気をもよおすと思っていたが、妙に現実離れし過ぎている光景が、逆に僕を冷静にさせる。


「――草むらへ行く」


 僕とイリスは、恩恵の1つの瞬間移動を発動し、草原に到着する。


「カルロ。なのです」


 雲1つない満月の光だけなのに、やけに明るく感じる草原の中に、人影が1つあった。


 僕達の目の前に、弓の少年が夜空を見上げていた。


 出会った時は、気弱そうな印象を受けた彼の顔はひどく汚れ、服も同じように汚れている。


「……返り血浴び過ぎ。なのですよ」


 汚れの理由を、イリスが声を低めにして言う。


 天使族は神族よりも、嗅覚が優れているらしくその臭いに我慢できないようで、顔を顰めていて普段の可愛いさが台無しだ。


 イリスの声が届いたのか、それともただの気まぐれか、こちらに顔を向ける彼を見た瞬間、僕の背筋がゾクッとする。


 彼は笑っていた。


 顔はこちらに向けていて、僕を見ているようで見ていない。


 視点が定まっていない虚ろな目で、口角を限界まで上げて笑っているのだ。


「……ディーン。なのです」


 そう、彼は剣の少年を持っていた。


 正確には、剣の少年の()を持っていた。


 明らかに常軌を逸した彼の状態に、僕は思わず喉をゴクリと鳴らしてしまう。


「――ディーンの体はどうしたんだい?」


 彼の体が、僕の声でピクンッと反応する。


「う……るふが…」


 どうやら、ウルフにあげてしまったらしい。


「だって……パーティ………解散…イヤって」


「――だから、殺したの?」


「し、仕方がないじゃないかああぁぁぁぁ!」


 さっきまでの虚ろな目に力が宿る。


「2人が必要って言うんだっ!僕がどれだけお願いしてもっ!それでもっ!だから、だからっ!」


 彼の髪を持ちながらブンブン振り回して、まるで駄々っ子のように気持ちを叫ぶ。


「――言う通りにならない………ヤツナンテ……イラナイ」


 そう呟くような小さな声で言うと、弓の少年は再び虚ろな目に戻りもう話す事はないとばかりに、僕達に背を向けておぼつかない足取りで歩いていく。


 何の装備も武器も持たないまま、彼はフラフラと草むらの奥へと進んで行く。


 ふと、夜は魔物の凶暴さが増すと、ゲイツさんが教えてくれた事を思い出す。


 遠くで獣か魔物なのか分からないが、遠吠えも聞こえる。


 今の状態の彼では、抗うすべはないだろう。


 しかし、この結末を選んだのは彼なのだ。


 それを肯定するしか僕には出来ない。


「………コレで満足かい」


 弓の少年の背中を見送りながら、暗闇に紛れて隠れているつもりの人物に、僕は問いかける。


 そう、僕とイリスには暗さなど関係ない。


 弓の少年に声をかける前から、いやこの草むらに到着する前から、そこ(・・)にいるのは分かっていた。


「ウフフフッ。まさかぁ、気付かれるなんて思わなかったわぁ」


 艶っぽい声音が聞こえ、月の光に照らされ姿を見せたのは……。


「バレバレ。なのです」


「結構ぉ、自信あったのにぃ。まぁ、いいわぁ。でもぉ、何故分かったのかしらぁ?貴方達とはぁ、昼間に会ったのが初めてよねぇ」


 昼間では、手甲の少女の後ろに隠れていた人見知り魔女っ子が、今は大人びた妖艶な微笑みをこちらに向けている。


「どっちの事を言っているか分からないけど、最初(・・)からだよ」


 僕の素っ気ない答えに、彼女の顔が僅かに歪む。


「?……まぁ、良いわぁ。えぇ、満足よぉ♪思い通りにぃ、カルロが動いてくれてぇ♪フフッ」


 指で唇を撫でながら、妖しげな微笑を浮かべる魔女っ子、いや魔女がいた。


「だってぇ、私が囁く度にぃ、3人共その通りに動くのようぉ。こんな楽しい玩具、他にはないわぁ。フフッ♪」


 過去の3人の姿を思い出しているのか、楽しげに本音を吐露する魔女。


「知りたくなっちゃったのよねぇ。フフッ、私の言葉でぇ、人間どこまで壊れるのかなぁってぇ。だからぁ、カルロの壊れ方は理想的ぃ♪」


 悦に入った表情で、彼が歩いて行った方向を見る。


「壊れているのはキミだ。レイナを殺したのはキミだろう?」


「へぇ、何でも分かるのねぇ♪そうよぉ、あの女を殺したのはわ・た・しぃ♪あの尻軽女っ!言う通りに動いていれば、もう暫くは可愛がってあげるつもりだったのにぃ!シューマンだっけぇ?に乗り換えようとしてたから、望みどおり(ヤッ)ちゃったわぁ♪」


 彼女の感情の昂ぶりに合わせるかのように、体の周りから黒い霧状のモノが立ち始める。


「カナタ様、危険。なのです」


 これ以上は、限界だった。


 僕はイリスの言葉に頷き、右手の拳を突き出した。


「悪いね。キミの話をゆっくり聞いている時間はないんだ」


 魔女は僕の言葉に反応して、攻撃呪文を唱えようと試みるが、所詮まだ経験が浅い少女。


 それより速く、イリスが彼女に手刀で峰打ちをして気絶させた。


「さようなら。浄化(ピュリフィカシオン)


 ーー指輪の光が彼女を包み込んだ。

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