012話
屍の山という言葉を読んだ事はあっても、まさか実際目にすることになるなんて、思わなかった。
右を見ても屍、左を見ても屍。
ザッと見積もっても、100匹以上はいるみたい。
ある意味、壮観な景色だねぇ。
でも、コノ匂いは結構キツイかも。
「ゲイツさん、この後は?」
コートの袖で鼻を隠しながら、肩で息をしている魔法使いさんに声をかける。
でも、流石はベテランの冒険者といえばいいのか、ゲイツさんは始めから終わりまで一か所に留まっていた。
場所を移動することなく、魔法だけで処理してしまった。
しかも、あれだけ魔法を使ったのに、本人に疲労の色が見えない。
「このままでは、この匂いに釣られて他の魔物がくるかも知れぬから、サッサと片付けねばのぅ」
再び杖を構えたゲイツさんは、もう片方の手を前につき出す。
「火よ、燃やせ!」
ウルフの屍が一気に火に包まれ、次々と炭化していくとその中に、小さな光を見つけた。
「ゲイツさん、アレなに?」
僕は、その光を指差しながら聞くと、それは魔石だと教えてくれた。
「これが、魔石かぁ」
「初めて見ました。なのです」
僕とイリスは、ゲイツさんにお願いされて落ちている魔石を1個1個拾っていく。
知識にはあったケド、実際目にした魔石とは少しイメージが違った。
ウルフの魔石は、小指位の大きさの紅い石だった。
夜空に向けて魔石をかざすと、月の光が魔石に反射して、キラキラ輝く。
ふと僕は森にいた時に読んだ、魔石について書かれていた本の内容を思い出す。
「……これが、命の光」
「命の光のぅ?」
「『魔石は、魔物の核。コレを宿し、生を受けた動物を魔物と呼ぶ。魔石は各々の魔物の成長によって大きさを変える、色も輝きも。輝きはその魔物の成長の証、これ即ち命の光なり』」
僕は以前読んだ、魔石について記してあった本の内容の一節を声に出して、ゲイツさんに聞かせる。
「ほう。創世紀時代の書物、カーベル魔物記じゃのぅ」
やっぱり、ゲイツさんには分かってしまったようだ。
知識の収集は、魔法使いさんの専売特許だもんね。
「……しかし。あれは、国の重要文化財。王立図書館の指定書物になっていて、簡単には閲覧出来ない物なのじゃが?」
長い顎髭を撫でながら、不思議そうに僕を見てくるが、直ぐに納得したように頷くゲイツさん。
「おっと。カナタ殿は、天界の人でしたのぅ」
「えぇ、そういう事です」
「イリスも。なのですよ!」
僕のコートの裾を引っ張りながら、頬を膨らませて主張するイリス。
うん。
そんな拗ねる姿も、可愛いなぁ。
「――そうだね、僕とイリスは天界人」
「はい。なのです♪」
僕達のやり取りに、笑顔を見せるゲイツさんだったが、周囲を見渡し表情を曇らせる。
「――どうしたの?」
「いやのぅ、屍は処分したからアンデット化の心配はないのじゃが、この匂いで勘違いして、他の魔物が来ないか気になってしまいましてのぅ」
確かに、今だに僕らの周囲には血の匂いが漂っている。
「匂いが気になるなら消せば良い。なのです」
「――ハハハ。いくら魔術師でも、匂いを消すのは不可能じゃよ。まぁ精々、風を起こして遠くへ飛ばす事くらいじゃのぅ」
ゲイツさんはイリスの言葉に笑って、この世界の現状を教えてくれた。
へぇ、魔法使いさんではなくて、魔術師かぁ。
時代と共に名称が変わったのか。
しかも、匂いは消せないらしい。
「……う〜ん。消すだけなら、使っても問題ないよね?」
今だコートの裾から手を離さないでいるイリスに向かって、訊いてみる。
僕の言葉の意味が分かったのか、満面の笑顔を僕に向けて大きく頷いてくれる。
「では、同意も得られたってことで。やりますか」
「ん?カナタ殿、やるとは何を?」
「黙って見ている。なのです」
大人が子供に、注意を受けている姿が少し可笑しい。
「――必要範囲は、大体1㎞で良いかな」
両手を広げ集中力を高めていき、充分な量を確認した時、脳に直接「承認致しました」との声が届くのを聴いた僕は、静かにその力を放出する。
「消臭」
光の粒子が拡がっていく。
「……ほう、壮観じゃのぅ」
「綺麗。なのですよ♪」
暫くして光がやむと、再び夜の闇の静けさが戻る。
「……匂いが消えた!?」
ゲイツさんは、驚きの表情を浮かべながら、鼻でクンカクンカしている。
「良し。上手くいったみたいだね♪」
心地よい風が通っていくが、先程まで漂っていた鉄の匂いがしなかった。
この世界にないのなら、必要だよね。
これは短縮登録しておこうっと。
「――カナタ殿っ!こ、これは!?どんな魔術なのじゃ!」
初めてゲイツさんの驚愕の表情なるものを引き出してやったぜ。
肩を掴んで激しく揺さぶってくるゲイツさんに、僕は少し優越感を味わう。
アハハハ……って。
痛い!痛いから!
ヤメて!僕のヤワな肩に指が食い込んで、滅茶苦茶痛いから!
「――魔術ではない。なのです!」
天界人としてのプライドが、ゲイツの言葉を許せなかったのか、イリスが怒りだす。
「そうだね。僕が使ったのは、天術だよね」
気を落ち着かせる様にイリスの頭を撫でながら、ゲイツに答える。
「天界人が使用する術なので、天術といいます。下界人のゲイツさんが天術を使う事は出来ませんし、反対に僕達は魔術は使えないという事です」
「――天術か……残念じゃのぅ」
説明を聞いて、落胆した様子のゲイツさん。
この人は、本当に生粋の魔術師なんだなと思う。
だからだろうか。
つい、言葉をかけてしまいたくなる。
「天術と魔術の違いは、その取り込み方。それに、今この世界に匂いを消す魔術がないって、ゲイツさんは言ったけど、これから先も無いって言い切れるかなぁ?」
「カナタ殿?……そうじゃな、ハハハッ。よし良き目標ができた事だし、村に戻るとするとしますかのぅ」
ゲイツさんは、明朗に笑って僕達の前を歩き出す。
イリスと僕はお互い笑顔を交わし、その後を追った。




