009話
カナタ・スフレール。
天界人、神族歴1ヶ月、17歳の男の子。
只今、絶賛猛省中です。
「あぁぁぁ……、やってしまったぁぁ」
「あの、カナタ?」
頭を抱えながら、地面を右に左に、ゴロゴロと寝転ぶ事が止まらない僕を、オロオロしながらそれを止めようとする姉さんだが、勿論僕は止まらない。
ゲイツさんが、あまりにも祖父と類似していた事が、僕の暴走モードが発動してしまった。
いや、これは僕の勝手な思い込みが招いた種。
分かっているんだ。
ゲイツさんの件は、弟想いの姉がこれからの旅の行く末を慮ってしてくれた事。
ただ僕は脳天気に笑って、ゲイツさんに「一緒に旅をしよう」と言うだけで、きっと上手く話は進んだと思う。
そう、頭では分かっているんだ。
でも、心がそれは違うだろ。って言うんだ。
天界人となった僕だけど、外見は別人な僕だけど、中身は今だに、成瀬奏多なのだから。
別世界に来たからといって、傍若無人に振る舞うのは、何か違うって思うから。
でも、だからといって先程までの僕の行為を正当化するつもりは全くない。
キレて、大声で喚き散らすなんて、子供過ぎるでしょ。
いくら、暴走してしまったとはいえ、ゲイツさんの前で天界人だの、下界人だの叫んでしまったし。
それに何よりも………。
「グスッ、カナタ様ぁ。ごめんなさい、なのですぅぅ」
イリスを泣かしてしまった事が、僕とっては1番心が痛い。
天界には、悪意や憎悪というマイナスな感情は存在しないと、姉さんに聞かされていたのに。
それを、生まれて初めてぶつけられたら。
大いに戸惑い、傷付いた事だろう。と想像出来てしまう。
幼な子の様に泣きじゃくる、イリスを見て本当に自分のダメさ加減に辟易してしまう。
「イリス。もう、泣くのはおやめなさい」
「ふぇぇん、アナベルさまぁ。グスッ、ごめんなさい。なのですぅぅ」
姉さんはそんな彼女を、優しく包み込むように抱きしめながら、諭すように言う。
「それと、ゲイツ・シューマンさん」
僕達3人を、見守る様に黙っているゲイツさんに、姉さんは声をかける。
姉さんの凛とした声音が、僕の動きを止める。
「この度の騒動の発端は、全て私アナベル・スフレールが引き起こした事。弟達は、薬の内容を知らずに貴方に服用したのです。この子達に罪はありません。それだけは、理解して頂けますか?」
「………姉さん」
「うむ、理解した。……理解はしておリますが、1つお尋ねしても良いですかのぅ」
髭を撫でつけながら、ゲイツさんは姉さんに視線を合わせる。
「貴方様は、女神アナベル様でよろしいですかのぅ?」
「その通りです」
アッサリと姉さんは自身の正体を答えると、ゲイツさんはそれで納得したのか、大きく頷いた。
えっ!?
アッサリと認めちゃったよ、アノ人。
僕達の存在は、秘密ですよって姉さんが言ったんですよ?
まあ、大声で叫んでいた僕がいうのはお門違いだけども。
「理解して下さって感謝します。では、ゲイツ・シューマンさん。これから、貴方の体を元に戻しますね」
座っているゲイツさんに向かって、手のひらを向け始めた姉さんとの間に慌てて、僕は立ち塞がる状態で立つ。
「ちょ、ちょっと待ってよ、姉さん」
「カナタ?」
「ゲイツさん、元に戻せるってホント?」
「えぇ、可能よ。彼の体の中に浸透した薬効果を、全てデリートするだけ。少し面倒な作業だけど、カナタを悲しませるのは、私がイヤだもん」
ゲイツさんと話していた時よりも、口調が変わる姉さん。
「――ごめんなさい。姉さんは、僕の為にしてくれたのに、僕の我儘でこんな事になって」
「フフフッ。可愛い弟の為には、お姉ちゃん何でもしちゃうのよ♪」
本当に、お茶目な女神様です。
「……必要ありませんのぅ」
姉さんが再び手をかざした時、ゲイツさんはそう言って立ち上がり、僕に近付いてくる。
「――ゲイツさん、必要ないって?」
「このままで問題がない。という意味じゃのぅ」
「えっ!でも、それは」
僕の言葉を遮るように、肩にポンッと手を置きながら、ゲイツさんは微笑む。
「正直のぅ。カナタ殿達の事情は分からぬが、儂が必要だというなら、力にならねばのぅ」
「ゲイツさん」
理由も分からないのに、力になるって。
どんだけ、優しい人なんだ。
この世界の大人って、皆ゲイツさんみたいな人なのかなぁ。
だったら、この旅も楽しくなるのに。
「……良かったわね、カナタ♪何か丸く収まったみたいだし、私は戻るとしましょう」
「え?姉さん、もう帰るの?」
「お姉ちゃんとしては、残念の極みなのだけどぉ。本来、私がこちらに来るのは、禁則事項に抵触しちゃう可能性があるのよねぇ。でもぉ可愛い弟の叫びを聞いたからには、お姉ちゃんとしては、多少の無理ぐらい通すわよ♪」
そう言って、僕を抱き締める姉さん。
正直姉さんの気持ちが、僕には不思議だ。
どうして姉さんは、実際1日しか一緒に過ごしていない僕に対して、こんなにも愛情を注いでくれるのだろうと。
「フフン。カナタには教えてなかったけど、私はずっと貴方を見ているのよ♪」
「――えっ!?」
僕の心を読んだかのように、姉さんはピンポイントに答える。
「……おそらく。もう、私はコチラに来られないけど、連絡したいことがあったら鞄を使いなさい♪」
そうだ、僕の鞄は姉さんと繋がっているのだ。
手紙を書いて鞄に入れれば、姉さんに届くってことか。
「分かった。次からは、そうする」
「えぇ。待ってるわ♪」
僕から離れた姉さんの身体が、次第に光りに包まれたと思ったら、もう姿は消えていた。
「……ありがとう、姉さん」
僕は、空を見上げながら、感謝の言葉を呟く。
あと、馬鹿女神って言ってごめんなさい。
「……イリス、ごめんね?」
僕の言葉に、トコトコと駆け寄ってくるイリス。
泣き止んではいたものの、彼女の目は赤かった。
「……怒っていませんか?なのです」
僕のコートの裾を掴んで、不安げに見上げるイリスを安心させようと笑顔を向けると、彼女も笑顔を少しだけ見せてくれた。
もう、ひと押しとばかりに、イリスの頭を撫でながら、僕はゲイツさんへと向き直る。
今度は、失敗しないように。
笑顔で。
「ゲイツさん。僕達と一緒に、観光に出掛けませんか?」




