000話
月曜日の朝っていうのは、どうしてこうも憂鬱なのか。
学生生活を送っている者にとって、1度は思う事案だ。
代わり映えのしない通学路を歩き、欠伸をしながら、どうでもいい考えが思い浮かぶのは、きっとこの退屈な世界で生活しているからだ。
本当に、退屈な世界。
憂鬱な僕の心情などお構い無しに、見上げた空は雲ひとつない澄んだ青。
もうすぐ、これまた鬱陶しい梅雨の時期がやってくる。
あ〜っ!ヤメヤメ!後ろ向きな思考は気が滅入っていくだけ!
『死んで、人生をリセットします』
ふと、今朝見たニュースを思い出す。
男子中学生が、イジメを苦に自殺。
彼が両親に宛てた遺書の中にソレはあった。
朝食を済ました父親が、テレビの画面を横目に見ながら、スーツの上着を羽織り言った。
「リセットなんて、ゲームじゃないんだぞ。人生は一度きり、死んだらそこで終わりだ」と。
その言葉に、僕は心の中で舌打ちをする。
大人は、すぐに正論を言いたがる生き物。
そして、本当に正しいのだろう。
「ゲームのやり過ぎで、現実との境がなくなっちゃったのね。きっと」
食器を片付けながら、少し的外れな事を言う母親に、僕は心の中でため息をつき、鞄を手にしながら家の玄関へと向かった。
「お前も、ゲームはほどほどにしておけよ」
靴を履きながら、僕に視線を合わすことのないまま、父親はそう言って、家を出て行った。
まだ子供以上大人未満の僕には、親達の言葉を簡単には受け入れられるハズもなく。
多感で繊細な反抗期のど真ん中な僕は、母親の「いってらっしゃい」の声にも、無言で家を出るしかなかった。
リセットかぁ。
輪廻転生という考え方は、僕的には肯定だ。
だけど、自殺を選んだ彼は、人生のやり直しとかではなく、単純にただ苦しい今の記憶を消したかっただけなのかもしれないと、僕は思う。
僕的には、『リセット』よりも『リスタート』が良いなぁ。
それか、『強くてニューゲーム』な感じ。
記憶がない状態なんて、考えただけで恐怖だし。まぁ、前世があった事さえ、マルッと忘れているのだから、恐怖なんて感じるもハズないのだけれどさ。
止まらない欠伸を噛み殺しながら、おもむろに制服の内ポケットから、スマホを取り出し、現在の時刻を確認する。
あ〜、学校サボりたいなぁ。
見慣れた大通りの交差点が見えてきた所で、最近見かけるようになった光景。
そこには、同じ制服に身を包んだ男女が、仲良く手を繋ぎ、談笑しながら信号待ちをしている姿だ。
あ〜、今日は朝練がない日だったかぁ。
因みに、彼女さんの方は僕が中等部の頃から、4年後しの片思い相手で、彼氏くんの方は、確か部活はサッカーで短髪、学力は中の上くらいだが、性格は明るく気さくなイケメンを地で行く奴だ。
正直イイ奴だと僕も思うし、彼女が好きになるのだって納得はできる。
はぁ、本当にお似合いなんだよね。
でも、そんな悶々としている後方の僕の想いを、彼女は知っているハズもなく。
綺麗なクセの無いセミロングの黒髪が、風で微かに揺れて、口元を色白で華奢な手で隠し、普段はクリっとした愛らしい目が、隣の男子を見つめ細くなっている可憐な笑顔の彼女。
僕はその姿に、ただ見惚れてしまう。
彼女の笑顔が、何より大好きだ。
信号を渡り終わり、イケメン彼氏くんは前を歩く人の中に、友達を見つけたらしく、彼女の手を離し走って行く。
繋いでいた手を鞄に戻し、のんびり歩いていく彼女。
その後ろ姿は、やっぱりどこか幸せオーラがでている感じに僕には見えてしまい、気持ちを切り替えようと、工事中の建物へと視線を移す。
確か、有名なブランドのショップがいくつも入るビルができるって、クラスメイトの女子達が話していたのを思い出す。
見上げるとタワークレーンが長くて重そうな、鉄骨の束を移動させている最中だった。
アレ落ちて来たら、確実に死ねるな。
何となくそんな考えがよぎった瞬間、驚きで思わず息が止まる。
なんと水平に吊られていた鉄骨が、突然斜めに傾きはじめたではありませんか!?
しまった、驚きで人格が一瞬変わったよ。
そして、よりにもよって前を歩く彼女が、丁度真下に差し掛かっているではありませんか!?
おっと、また変わってしまった。
しかも、どういうわけかビル前には、彼女しかいないという状況。僕は丁度、ビル前に差し掛かった所で、彼氏くんは友達連中と前を抜けた所。
後ろ姿では、はっきり分からないが、きっと前を歩く彼氏くんを見ながら歩いているであろう彼女は、今の現状が分かっていないだろう。
このままだと、確実に彼女だけが・・・!?
僕の身体は、自然に反応し走り出していた。
この行動が、自分にとって良くない結果になると分かっていても。
それと同時に僕以外の全てが、スローモーションになっていく。
束の内の一本が落ちそうになっている。
時間がない!
僕は、彼女に向かって走りながら叫ぶ。
「逃げろぉぉぉ!」
彼女が異変に気付き、上を見たまま固まった。
僕は精一杯手を伸ばして、そんな動けないまま驚愕の表情を浮かべている彼女を、迷いもなく突き飛ばす。
上を見ると、鉄骨が今まさに僕の頭上に落ちてくるところだった。
良かった、間に合った……。
あ〜あ。こんなことになるなら、母さんに行ってきますって言っておけば良かったなぁ。
棒立ちのままの僕の脳裏に、朝の家での出来事が浮かび、少し後悔がよぎる。
親不孝な息子でごめんなさい。
視線を前に動かすと、イケメン彼氏くんに受け止められた、彼女の無事を確認できた。
クラスメイト達と一緒に彼女が、こちらに向かって必死に何か叫んでいるのに、残念ながら僕の耳には届かない。
泣きながら、顔をぐしゃぐしゃにしながら何かを叫ぶ彼女を見て、少し心がズキッと傷んだ。
きっと、僕は助からないだろう。
だから・・・・。
伝えても良いかな。
精一杯の笑顔を作って。
少しでも彼女の心の負担にならないように、願いながら・・・・。
「ずっと、君の事が好きでした」
鉄骨の雨が、僕の視界と意識を遮った。