婚約破棄したくてもできない!~王妃様が転生者だった場合~
「クリスチーナ・ラングドシャー! お前がマロン・デニッシュにした嫌がらせの数々はわかっている! そんなお前とは婚約を破棄する! そして――」
バスチーユ王子が目の前の地面に座り込んでいる少女クリスチーナに今まさに婚約破棄を突き付け、愛する少女マロンを婚約者にすると宣言をしようとした時――
「はいはい、お遊戯の時間はそこまでよ!」
落ち着いた女性の声が空気ごと言葉をを切り裂いた。
その声に振り返ると教師や従僕を引き連れた地味な深緑のドレスに身を包んだ金髪の貴婦人の姿があった。
「は、母上?!」
バスチーユ王子は驚きのあまり声を裏返させた。
「学園では学園長と呼びなさい、学園長と」
そう。
本人の言葉通り、バスチーユ王子の母であるアンドレア王妃は貴族の子女が通う学園の学園長をしていた。
「は、はい。学園長。今、大事な話をしているところで――」
ブリオッシュ国の世継ぎの王子であるバスチーユ王子も流石に母親には頭が上がらず、歯切れが悪い。
「聞こなかった? バスチーユ・ブリオッシュ三年生、お遊戯の時間はおしまいよ」
アンドレア王妃は息子の言葉を切り捨てる。
「しかし、これは今しなくてはいけないことなのです! 母上、邪魔しないで下さい! 今、ようやくクリスチーナ・ラングドシャーと婚約破棄したところなんですから!」
愛しい少女との婚約を既成事実にしたいバスチーユ王子は王妃に食い下がる。
だが、アンドレア王妃は真顔で爆弾を落とした。
「バスチーユ。あなたはクリスチーナ・ラングドシャーと婚約なんかしていないのに、婚約破棄できるわけないじゃない」
「へ?!」
バスチーユ王子は我が耳を疑った。
バスチーユ王子だけではない。当のマロン・デニッシュや彼女の取り巻き達も驚きのあまり思考が停止してしまった。
そこでアンドレア王妃は仕方なく事実を告げた。
「あなたはクリスチーナ・ラングドシャーと婚約なんかしていないのよ」
「はあ?! では、何故、学園内でこの女が婚約者だと目されているのですか?」
バスチーユ王子は驚愕のあまり、地面に座り込んでいる少女を指差して叫んだ。
アンドレア王妃は大切な事実を突き付けた。
「何故って、結婚しているからよ。まさか妻の顔どころか結婚した記憶すら忘れてしまうなんて、呪いがここまで酷いとは思わなかったわ」
先程の爆弾発言がダイナマイト1本分の威力だとすれば今度はC4爆弾数キロ分の威力だった。
「ええ?!」
マロン・デニッシュとその取り巻きたちは開いた口が塞がらないようだ。
いくらイケメンと愛らしい顔立ちの少女でも間抜けな顔は魅力が全く無い。
「あら、一緒に驚いているけどお嬢さん。貴女の取り巻きは全員既婚者よ。跡取りもしっかりいる、子持ちの妻帯者」
「嘘でしょう?!」
マロンは信じられないとばかりに取り巻きたちの顔を次々見ていく。
「本当。真実。天地神明に誓って(笑)。ゲームや漫画、小説の世界とは違うのよ、お嬢さん。そんなに男にチヤホヤされるのがお好きならそういう場所に行ったらどう? 庶民やらワイルド系が好きならシュークリーム公爵夫人の野鳥のサロン、貴族系ならエクレア侯爵夫人の孔雀鑑賞サロン。どちらも最高よ」
「母上~!!」
バスチーユ王子だけでなく、シュークリーム公爵子息、エクレア侯爵子息の嘆きの声が合わさった。
さて、断罪されていたクリスチーナ・ラングドシャーはというと、離婚は数日後には成立し、元々プチフルール国の王女であった彼女は母国では添い遂げられなかった恋人と再婚。バスチーユ王子との間にできた子どもは国王夫妻が引き取り、王宮に出向く際に親子の対面を果たす一方で国王夫妻のお気に入りの庶民という立場で活躍している。
他のマロン・デニッシュの取り巻きの妻たちも同様にスピード離婚が認められ、子どもは夫の実家に引き取られ場合もあれば妻の実家で育てられる場合もあったという。
マロン・デニッシュはプチフルール国との関係を悪化させた責任を問われ、この国独自の貴族出身の女性用刑務所に終生収監されることとなった。この施設が作られたのも、他国の王族に数年に渡る許されない侮辱が原因だっただけに皮肉でしかない。
恋愛対象という名の呪いが解けなかった取り巻き達はというと、マロン・デニッシュへの面会に死ぬまで通っていたという。
王妃はこの流れを知っている転生者なので、逆ハーメンバーとその婚約者の家を巻き込んで入学前にさっさと結婚させてしまいました。
しかし、ヒロインとの出会いにより次々と呪いをかけられた彼らは自分が結婚していることすら忘れてしまい、妻は子どもを連れて実家に戻っています。
王子が王位を継承してヒロインを助け出し、彼らの誰と結婚しようが国王夫妻は気に留めていません。
その頃には跡取りたちに世代交代させておく予定なので。