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連鎖  作者: せおりめ
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18歳 高校生 女

「何度も言うようだけど、好きな人がいる。ごめん」

「うん……こっちこそ、ごめん」


 習慣のような返事に対して、私も謝った。

 これでもう何度目の告白だったろう。私の高校生活は、彼で始まり彼で終わろうとしている。


 私は昔から運動は苦手だったが、勉強はよく出来た。中学では常に成績トップ。たまに二位へ転落することはあっても体調がよくなかった時だけで、次のテストでは華々しく返り咲いた。

 受験した高校は県内有数の進学校で、試験の手応えも申し分なく、新入生代表は間違いないと確信していた。うぬぼれじゃない。客観的に判断してそう思ったのだ。だって、自己採点でほぼ満点だったから。小論文は採点する教師によって好みがある。とはいえ文句の付けようのない仕上がりだったはずだ。


 ところが、入学式で壇上に上がったのは、私ではなく見知らぬ男子生徒だった。

 あそこは、皆の羨望の的として私が立っているはずの場所だったのに。

 くやしくてくやしくて、スピーチの間中その男子を睨みつけていた。


 彼はとても嫌みな人だった。成績がいいだけの私と違い、運動もよくできた。物怖じしない朗らかな性格で、おまけに顔も良かった。

 容貌に関しては、私もそこそこのレベルをいっている方――小学校の頃から告白は結構される――だと思うが、彼の場合は“良い”の前に“とても”が付く。街で見かけたら、ツイッターで熱く呟いて拡散したくなる美形ぶりだった。


 考えてみれば、一目見た時からもう参っていたのかもしれない。私の場所だった首位の座を考査のたびに奪われても、いつの間にか苦々しさではなく誇らしさを覚えるようになった。私の前を行く人は、こんなにも格好よくて、素晴らしい人なのだと。


 気がついたら、告白していた。

 正直、自信はあった。運動に関しては跳び箱の五段も飛べない体たらくぶりだが、それさえも異性から見ればドジでかわいいに脳内変換されると自覚している。彼と同じ目線で会話できる、一緒に歩いてもそれほど見劣りしない、相応しいのは私だけだと。


 結果は無残なもので、しばらく呆然としていた。中々立ち直れなかった。

 それでも諦めきれなくて、彼を見るたび切なさがこみあげてきて、数ヶ月後にまた告白した。まあ、返事は言わずもがなというもので。


 回を重ねるごとに彼の態度がおざなりになるのは感じていた。またお前かという雰囲気で、廊下で会っても目も合わせてくれない。なのに呼び出しには律儀に応じてくれるから、五回目の時に訊いてみた。


「好きな人って誰。同い年? この学校の人?」

「違う。ずっと年上で、俺なんか歯牙にもかけてもらえない。でも昔からずっと好きだった。あの人以外と付き合う気はないよ。だからもうこういうの止めて」


 信じられなかった。誰もが虜になりそう彼を、相手にしない人がいるだなんて。確かに、彼に彼女はいない。

 でも。だったら。


「じゃあ、私と同じなんじゃない。好きになってもらえなくても諦めてないんでしょ? 私に告白を止めさせる権利なんてない!」


 高校二年の時のやりとりだった。その日、初めて塾をさぼった。目的のないまま歩いていると、声をかけられた。

 お金を出してまで私の身体を求めてくれる人がいる。寒い季節で、周りも暗い。その人の胸はひととき、私の心を温めてくれた。

 よりどころを見つけた私はでも、告白を継続しながら、もう彼にOKをもらう資格はないと感じていた。あくまで一途な彼と違って、私は汚れている。


 春。

 卒業間近、受験も終わり、ほとんど登校する必要もなくなったある日。大学に提出する書類の関係で学校に来ていた私は、彼とばったり出会った。先生に別の用事で呼び出されたのだそうだ。彼は、関西のとある国立大学に合格したと聞いている。さすがに、志望大学を同じにしてしつこく追いかけるような真似はしなかった。

 けじめじみた最後の告白を終えたあと、踵を返そうとしたら珍しく呼び止められた。


「感謝している」


 そう言われ、耳を疑った。


「何度も告られて正直迷惑だったのも確かだけど、でも勇気をもらった。最初から諦めるなんて軟弱だよね。彼女以外と付き合いたくないんだったら、自分が納得するまで振り向かせる努力をすればいいんだ。それを教えてもらった。俺も頑張ってみるよ。だから感謝している、ありがとう」

「それって、私は結局とどめを刺されたってことなんじゃ――?」

「あーまあ……そういう捉え方もある……かな」


 なんだろう、もう望みはないのだと断じられたというのに、どうして私の胸はこんなにも晴れやかになってるんだろう。

 抑えきれなくなってくすくす笑っていたら、彼も声を上げて笑い出した。

 最後まで、彼には勝てなかった。脇目もふらず好きな人だけを想っていた彼には、諦めない資格がある。

 でも、そんな私だって感謝はされたのだ、他でもない大好きな人に。


「――ねえ、大学入ったら、私にも彼氏できると思う?」


 彼はきょとんとしたあと、にやりとした。


「そりゃできるんじないの。結婚決まってるカップルも、そのガッツで別れさせそう」

「自分は落ちなかったくせにー」

「俺の意志はダイヤモンド並に硬いから。規格外」


 知らなかった。彼は超のつく自信家だったようだ。

 笑い合って、彼とは別れた。最後まで応えられなくてごめんね、と耳が拾った。悔しいが、彼の告白が成功すればいいなと思う。

 今日は金曜日、約束の日だ。毎週、軽い気持ちで高額を貰ってきた。きっとしっぺ返しはいつか来る。

 でももうこんなことは卒業して、彼みたいに綺麗な気持ちになって、そうして。


『もう止めます。三ヶ月間サポートどうもありがとう。ばいばい』


 一通のメールを送信してから捨てアドを文字通り“捨て”て、私は家に向かって歩き出した。

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