25歳 営業 男
世の中、愛は大事だと思う。
愛のない奴はダメだ、心が死んでいる。ここで、じゃあ愛とはなんだ、説明してみろと言いだす奴、愛のない証だよ。
とはいえ別に、愛に心血を注ぐ人生を実践しているわけではなかった。表面的にはなんでもないふりをして、心の奥底で熱い情熱をたぎらせる。それが男というものだ。
そんなおれだから、常に新しい愛の可能性を追い求めるのも当然なのではないだろうか。
ここで誤解されては困るのだが、隣に彼女がいるのにわざわざよそに目を光らせる、そんな節操のない行為をするつもりは毛頭ない。実際してこなかった。
愛とは、ごく自然に、あらかじめ決められていた物事のように芽生えてくるものだ。
それはまるで運命のように、そう――かくも美しくあり。
彼女と出会ったのはふた月ほど前だった。
道を歩けば芸能人の一人や二人を見かけることも珍しくない町。イタリア発祥の、さるブランドバッグの店から女が出てきた。見惚れた。
まるで、そのブランドの専属モデルが現れたのかと思った。歴史あるブランドは、身につける者を選ぶ。場慣れしない人間がいくら虚勢を張ろうとも、店が生みだす空気に弾かれる。彼女は選ばれし者だった。
ここに運命が現れたと、即座に確信した。
その後は彼女を口説き落とすことに腐心した。
思い描いていたとおり、中々相手にしてもらえなかった。当然だ、彼女は下賤の人間とは一線を画している。内から滲み出る気品は、さぞやいい家のお嬢さんだろうことを窺わせた。そう簡単に振り向かれてしまったら、むしろ軽蔑していただろう。
とはいえ上手くいかないとはさらさら思っていなかった。二人の出会いは、運命に決められていたのだから。
彼女の父親には、交際を反対されるかもしれない。しかしいざという時は、遠くに攫っていく覚悟も固めてある。
まあまずは、彼女自身の了解を得るのが先だ。
高価なプレゼントを繰り返し、初めてデートにOKしてもらった瞬間は、今まで生きてきた中で最も幸福だったと断言してもいい。
貯金はどんどん目減りしていくが、全く気にはならなかった。結婚費用を貯めようと思い立ったかつてのおれに、拍手喝采を贈りたい。食事は勝手に作ってくれるやつがいるから、その分の費用は気にしなくてもいい。あれも愛するおれのために尽くせているのだから、本望だろう。
しかしこれ以上は。
他の女がいるのに高貴な彼女に近づいていくのは、おれ自身が辛い。まだ二十歳で、清純真っさらな彼女に不潔だと思われたくはない。何よりも、愛を分かち合われていると勘違いさせてしまっては、可哀想だ。
そろそろ潮時だろう。財政的には厳しくなるが、愛を失った相手と共にあるのはもう限界だった。
そうして生まれ変わったおれは、愛が詰まった贈り物を手に、運命の彼女の元へと向かうのだ。