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留まる石


 山の頂から一つの巨石が転がり落ちた。

 巨石は山肌の岩盤にぶつかって幾つかに砕け、谷底の渓流へと転がり落ちた。

 巨石は砕けてもやはり巨石といえる大きさだったが、長い年月を経るに連れて川の穏やかな流れに削り取られていった。

 山の奥で大雨が降り、それが染み出して渓流の流れを激しくした。そうすると、身を削られ軽く小さくなった巨石は流れに押されて川底から抜け出し、下へ下へと転がり始めた。

 巨石はまた長い間、転がっては止まり、また転がってを繰り返した。そうしてどんどん小さく、丸くなった。

 巨石は、もう巨石ではなくなり始めていたが、その性質は巨石のままに違いなかった。頑丈で、そう簡単には砕けない巨石たる性質は、山の頂で何万何千年と雨に打たれ風に押されて過ごして来た証明であった。


 もう何度目か、巨石が落ち着き眠りについていた川底、その遥か上流の山奥で、百年に一度の長雨が降り続いた。巨石は赤くなる川の流れに段々体を押され、堪えきれず転がり始めた。流れは勢いを増して、このまま巨石を海にまで押し流さんばかりの勢いでさえあった。巨石はそれもいいと思ったかもしれない。このまま川の底で過ごすのも、海の底で過ごすのもそう変わるまいと動じなかったかも知れない。しかし、三日月のように湾曲した川の中程で、巨石は濁流に崩れた川岸へと突進する流れに逆らえず、海へと下ることは出来なかった。

 ともすれば、何処へ行き着いたのか。

 いいや、巨石は何処へも行き着くことが出来なかった。巨石はやはり、まだまだ巨石であるらしかった。崩れた川岸の間に、巨石はすっぽりと収まってしまったのだ。どれだけの激しい流れが突進し、これを砕けさせようとしても、巨石にとってはそんなもの、山の頂に吹く猛烈な嵐、それも四季に巡る嵐に比べればどうということはなかった。

 そうして、巨石はもうずっと、そこにいるのである。それも、人々に祭られ、崇められ、大事にされて、ずっとそこにあるのである。

 巨石は知るまい。崩れた川岸の向こうには、小さな村があったことを。巨石が川の濁流を、そうしようとするしないに関わらず留めた事を。巨石がそこで流れを防ぎ始めてから、何百年と経っていることを。


「終いじゃ」

 白く伸びる口髭をひと撫でして、老人は話に幕を降ろした。

「ほんとかなぁ」

 聞いていた子供たちの幾らかが、半信半疑といったように声を上げる。

「本当じゃ。大石様はそこにおる。だから本当じゃ」

 老人は嘘がばれるのが嫌だからなのか、それともただ本当の話をして、信じるかどうかは任せるという想いなのか、早々にその場を後にした。

 ハンタは、川岸の上に通る小道、その真ん中に黒々として居座る巨石へと足を進めた。近くで見てみると、苔が生い茂っていて地肌を見ることは出来ない。むしろ、単なる土の盛り上がりにさえ見えた。だが、そこだけ苔が生え、そうして黒く見えるところからして、そこにはやはり巨石があるのである。

 果たして、崇め祭る対象を踏みつけていくように川岸の小道が続いているというのはどういうことだろう。ハンタはそう思いながらも、簡単な踏み板が敷かれた巨石の上を通った。丁度、短く小さな橋のようである。傍らの川の流れは穏やかで、どうにも巨石を転がすような流れに変わるとは信じがたかった。しかし、その川の先、幾つもの木々や小山を越えたその先に聳える頂を眺めると、そこから転がった巨石が、この地まで来て人に祭られるという物語に奇妙な魅力を与えるのだった。

 ハンタは、そのまま巨石が転がってきたであろう川を横目に、歩いていった。

                                                  終

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