第3話 異世界~散策~
シャボン玉の中には世界が内包されている。その量はそれぞれシャボン玉によって異なっているが、世界というものは必ずシャボン玉の中に入っており、シャボン玉の外を魔術結社は【次元】と定めている。
魔術結社は支配した世界を自分たちのシャボン玉の中に転移させているため、今やそのシャボン玉の許容量が一杯になりつつある事が問題になっている。そこで注目を集めたのが一つのシャボン玉の中に世界が一つだけのものだ。これなら、一つの世界を支配するだけでシャボン玉も吸収できるため、最近の探索係の仕事はほとんどそういった世界で行われている。
無論、今回の俺達の仕事も例外ではない。
「……ふう、着いたな。大丈夫か?」
「うぇ…やっぱり気持ち悪いですね」
「そりゃ世界と世界の間を一瞬で飛ばされるんだからな。ま、慣れだ慣れ」
実際、そんなもんだろう。世界と世界と言ってもこの世界は魔術結社の支配外の世界であり、次元を間に挟むからな。確かアイリスはまだ支配内の世界にしか行った事が無かったからより一層気持ち悪く感じたんだろう。感覚的に言えば……胃が引っくり返る様な感じだな。俺も初めての時は顔が真っ青になって冷や汗はが止まらなかったものだ。
「……何故先輩はそんな平気何ですか?」
「んぁ? ああ、あれだ。俺に姉さんがいるだろう?」
「……ええ、そうですね」
「ゲートの転移ってさ、何か揉みくちゃにされて胃の内容物が諸々ミックスされるって感じだよな?」
「うっ、まあ、そうですね」
「だからさ、姉さんに空中でシャイクして貰ったんだよ。縄で縛って、姉さんがそれを持って、こう、ぐるぐるっと」
言っておくが、俺はMじゃないからな? あくまで転移に慣れる為だから。
「……お疲れ様です」
「ありがとさん。んじゃ、早速、恒例の奴、やっときますか」
「はい、【調査】」
アイリスの目が獣のように縦に裂けていく。
アイリスは、魔法使いや魔術師ではない。というかそもそも魔法とか魔術とか使えない。アイリスは、端的に言うと魔人と人間のハーフだ。魔人は膨大な魔力と絶大な身体能力を持っている存在だが、人間の血が混じっているので、半減しているが。しかし、アイリスが魔人から色濃く受け継いだのが【魔眼】である。
【魔眼】とは、魔人だけに備わった特殊且つ強力な能力であり、その能力は人によって異なっている。代表して言えば、メデューサの石化だろうか。あれも【魔眼】の一種であり、他にも【魅了の魔眼】、【幻惑の魔眼】などというものがある。
その中で、アイリスの魔眼は【分析の魔眼】という、戦闘力の欠片も無い【魔眼】だ。【執行係】の様な、常に戦闘をするのには全く向かないが、逆に【探索係】にはものすごく役立つ。
アイリスの【魔眼】は半径3キロ圏内ならばなんでも分析可能で、今やった【調査】というのはその能力を利用して周辺の状況を確かめてもらった訳だ。
「……どうだ?」
「生命反応はありですが、人のものではありませんね。こっちです」
アイリスの案内の元、生命反応があった方角に移動する。
「3キロで【調査】して生命反応が一つだけなのか?」
「いえ、特別大きな生命反応は一つだけという事です。小さな生命反応にまで反応していたら私は草木にまで眼を向けなくてはいけないではありませんか」
「まあ、ご尤もで。つうか、よくそこまで情報処理できるよな。俺だったらパンクしそうだ」
「マルチタスク出来る先輩に言われてもちっとも嬉しくありません!」
別に皮肉っていた訳でもないんだがな。
「ん? アレか?」
「は、そうです。あれは……犬、いや、狼ですね。子供のですけど。大分弱ってますね。このまま放っておいたら10分後には天に召されます」
「…本当に便利だな、その眼。見ただけで相手の状態が分かるとか…」
「プロテクト掛けている人には薄らとしか分かりませんけどね。で、先輩。あれどうします? 一応、この世界に来て最初に目撃した生物という事になるんですけど…」
「まあ、一応助けられない事も無いし、普通に助けるぞ」
回復魔術は俺が真っ先に覚えた魔術だ。死にたくねぇもん。二番目は身体強化な。
「さて、どんな状態…って、うわっ、腹からごっそり削ぎ落とされてるじゃねぇか。こりゃ何かに喰われたか? ま、考えても仕方ねぇか。アイリス、少し周りを警戒しつつ待っていてくれ」
「わかりました」
さて、まずどうやって治そうか。じっくりやっていたらタイムリミットでこの子狼が死んでしまうし、荒療治でもいいから中じゃなくて外から治すか? そうすれば、少なくとも死にはしないか…。
「そうと決まればさっさと始めるか。【治療】」
子狼に癒しの魔力を患部に送り込み、外側から徐々に治していく。
魔力は何もしなければ唯の魔力でしか無い。魔法使いなら魔法使いなりの、魔術師なら魔術師なりの工程を踏んで初めて魔力に『意味』を持たせる事が出来る。
俺が魔術師だから魔術師的に説明すると、魔術師が魔術を行使するには術式を刻んだ媒体が必要なのだが、ぶっちゃけ、ただの魔力弾を撃つ場合は媒体なんていらない。唯魔力を収縮して放つだけだからな。
唯の魔力を【無属性】としよう。その無属性の魔力を媒体に通す事で炎なり、水なり、風なりの属性を付与する事で魔術師は魔術を行使する。【治療】はその応用で、媒体に回復属性を刻んでやったモノだ。因みに、媒体は指輪な。俺の基本的な媒体は指輪と腕輪、杖だから。戦う時はまた別の物になるが。
「…よしっ、こんなもんで良いだろう」
少なくとも外見は元通りだ。これでとりあえず死ぬ事はないだろう。
「さすが先輩! 外見だけ取り繕うなんてとても鬼畜ですね!」
「うん、さっきまでの落ち着いたアイリスは何処に行った。つうか、中身までじっくり治してたら死んじまうんだからこれで良いんだよ。後は探索がてらじっくり治していけば」
「確かにそうですね。何故かこの子狼、死因が失血死になりそうでしたし。こんな大怪我でよくもまあ……」
何か特別な狼だろうか? フェンリルみたいな。
「いや、流石に狼の神がこんなところでくたばってたりはしないだろ」
「何の話ですか」
「こっちの話。それより、じっくり治療すると言ったが、こいつを連れて行っても良いんだな? 俺が言うのもなんだが」
「別に構いませんよ? 子狼の一匹や二匹」
「そうか。なら、名前とかどうする?」
「はいっ! ポチでどうでしょう!?」
「また急にテンションが上がったな」
こいつは仕事とそうじゃない時でしっかりオンオフをしている。仕事中はさっきまでの冷静で落ち着いたアイリスだが、どちらかというとこのテンションあがった状態が素だな。
「ポチ? まあ、俺は何でもいい。ポチでもミケでもなんでも」
「じゃあ、ポチでいきましょう」
という訳でこの子狼の名はポチになった。
「さて、アイリスよ」
「はい」
「俺たちのこれからの目的は何か分かるか?」
「とりあえず、この世界を一周ですよね?」
「その通りだ。まあ、幸いなことにこの世界は丸型だから一周はしやすいだろう」
平型の場合は端に行ってそこからまたぐるっと一周しなければならないから二度手間だが丸型は降り立った地点から一周すればいいのだ。まあ、どの地点に降り立ったのか分かるように魔術的な目印を付ける必要があるがな。
「問題は、文明があるかないかなんだよな」
「それの有無で全てが変わりますよね」
「主に面倒くささが増す」
世界を支配する為の舞台を全てセッティングしなければならないなど、面倒くさい事この上ない。強引にやっても良いのだが、その場合確実に戦争になる。そうなった場合、確実に俺達、魔術結社が勝つのは間違いないが、この世界は滅ぶな。それは社長の望むところじゃない。出来るだけ温和に済ませなければ…。
まあ、支配云々言ってる時点で温和ではないがな。
「文明があった場合、魔法技術があり、【魔王】がいればかーなり楽に事が進むんだがな」
「恩を売って、本当の事も言わず、嘘も言わずの口八丁でとりあえず了承を取れば後は勝手に社長が支配しますからね。それこそ、有無を言わさず」
「初めは支配された世界も反発が半端ないが、まあ、社長の実力を見ればすぐに黙るだろう。別に支配されても害があるってわけじゃないが」
というか、これ支配というか保護じゃないか? 支配した世界は無条件で危険な事が起きたら真っ先にこっちが協力して対処するからな。
「社長の能力…確かに、あれは反則ですよね。私も初めて見た時は自分の能力に自信が全く持てなくなり、一時間塞ぎこみました」
「短いな。まあ、俺はあんまり気にしなかったが」
「何故ですか? 結構あれは凄まじいショックがありますよね?」
「ショックが強過ぎだ。それに、元々俺の身内にも似たようなのがいるんだ。正直今更って感じだよ」
ぶっちゃけ、姉さんの事だけどな。そもそも、入社して3年でエースってどういう事だよ。凄まじいにも程があるだろうに。
「まあ、それはどうでもいいか。それよりも、お前の【調査】に何か引っ掛かったか?」
「いえ、特に何も。……あ、魔物を感知しました」
……なんだと?