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第2話 出勤~朝~




 魔術結社はかなりルーズな入社条件だが、いざ入社してみると、実は結構厳しい規則があるのだ。その中に、『遅刻厳禁』というものがある。

 遅刻厳禁とは文字通り遅刻は絶対に許さないというものなのだが、そのペナルティが半端じゃない。まず、手始めに遅刻してから一ヶ月間の仕事量倍加。更に係に関わりなく書類仕事の山。そして止めに、説教が大好きな係長の説教が待っているのだ。これのおかげ(?)で魔術結社の遅刻人数はかなり少ない。年間でも片手で数えられるレベルである。

 因みに、この『遅刻厳禁』の理由は、社長の方針で「時は金なり!!」らしい。それ地球産の格言だと思うんだが、やっぱり他の世界にもあるのかね? まあ、この格言には小さい頃の俺も思わず頷いてしまったが。


つまりだ。他にも度を越して厳しい規則もある訳だが、この遅刻が一番厳しい。全社員の共通認識であり、絶対に犯してはいけない規則だったりするのだ。それほど書類地獄はキツイ。

余談だが、二番目にキツイのはセクハラ行為だったりする。書類地獄とその場でその女性社員からの強烈な『お返し』がくる。なまじ社員全員が魔の関係者な為、そのお返しは半端ではすまない。前に一回現場を見た事があるが、あれはひどかった。まさか男の急所(何処かはご想像にお任せする)を魔弾で執拗に狙い撃ちにするなんて……末恐ろしい。


という訳で、俺も姉さんも遅刻だけは御免被るという訳で、朝はかなりの余裕を持って家を出る。途中で何らかのトラブルがあっても間に合うようにするためだ。魔術結社の出勤時間は8時半。俺達が起きて朝食を食べ、その他諸々の事をして家を出るのが6時45分。家から魔術結社にまで掛かる時間は徒歩一時間、魔導機を使えば30分。魔力で身体能力を強化すれば俺は20分、姉さんは10分といったところだ。姉さんの場合は空も飛べるから、空飛べば5分か? 流石姉さんパネェっす。

因みに、魔導機とは地球で言う所の車と飛行機と船を合わせた様な水陸空両用の魔力で動く機械の事だ。動力は勿論の事魔力。魔術結社に入社した人に一台無料で送られるのだ。こういう所のサービスはすごいと思う。コレ、普通に市販で買ったら地球の俺の故郷の金額で500万はくだらないぞ? よくこんなものサービスでくれるよな。ま、新型じゃなくてそれよりも一つ下のタイプをくれる訳だが、それでも高い事には変わりはない。


 そして、俺は定石通り6時45分に家を出て、徒歩で行ったのだが道中特にトラブルに遭うでもなく、普通に7時45分に魔術結社に着いた訳だ。うん、実に平凡な俺らしいではないか。平凡万歳。少なくとも非凡でトラブルに巻き込まれるよりかはよっぽどマシだ。すごい人にはこれが分からんとです。



「おはようございます、一之瀬さん」

「あ、おはようございます、メーロさん。今日も受け付け仕事大変そうですね?」

「フフッ、まだ1日は始まったばかりだというのに何を言っているのですか。確か一之瀬さんは今日から長期の探索ですよね?」



 さすが情報が回るのが速い。いや、これはメーロさんだからか?

 魔術結社は次元世界を股に掛けるだけあってその本社はバカでかい。一応、他の世界に行く為のゲートだけは各係全て統一されているが、それ以外は別々のビルになっている。つまり、3つのビルが並んで建っていて、ゲートに行く為の道は一緒、みたいな感じだ。係を掛け持ちしている人とは、そのゲートに行く道中で集合する。ゲートに向かう道は各係のビルに行くのにも活用されていて、一々ビルを出る必要が無いのは個人的に嬉しいところだ。



「ええ、まあ。面倒くさい事にならない事を願うばかりですよ。ほら、俺って魔術師でしょう? 魔法使いみたいにバリバリで戦える訳じゃないですからね」

「いえ、探索係の係長さんは一之瀬さんのこと高く評価していましたよ? どんな状況になっても冷静に対処できるとても便利な奴だって」

「それは褒められていないと思います」



 この探索係のビルで受け付けをやっているメーロさんは、普段はのほほんとしているのだが、昔はかなりの実力派魔物使いだったようで、噂では社長とも親しい仲とか。

 実際、彼女が怒ったらその背後にドラゴンが降臨するとかしないとか。絶対に怒らせてはいけない人である。



「ああ、そうだ。アイリスはもう来てますか? 今回の探索のパートナーなんですよ」

「ストラトスさんですか? ええ、既に出勤なさっています。心なしか、ウキウキしながらこの前を通り過ぎて行きましたよ」



 マジか。どんだけ仕事が好きなんだ? この探索、開拓地なら兎も角、未開拓地だぞ? 下手すれば『面倒くさい』事になるというのに。

 因みにストラトスとはアイリスの事だ。アイリス・ストラトス。何とも『ス』が多い名前だ。



「マジですか。では、そろそろ俺も行きますね」

「はい、本日もお勤め、頑張って下さい。せめて、一之瀬さんが言う所の『面倒くさい』事にならない事を切に願っております」



 此処で『祈る』と言わないのが魔術結社クオリティー。『魔』に属する者は神には頼らない、というのが社長の方針だ。ま、俺も姉さんも無神論者だから別段困らなかったがな。



「止めて下さいよ。そういうのはフラグって言うんですよ?」






「よお、アイリス。今日からよろしくな」

「え? あっ、一之瀬先輩! よろしくお願いします!」



 うむ、いつもアイリスは元気一杯だな。俺なんかとてつもなく気が重いというのに。



「さてと、とりあえず係長が来るまで待つか。アイリス、準備はちゃんと済ませたか? 忘れものとかない?」

「むぅ、子供扱いしないでください! 私はもう立派な社会人です!」

「14歳だけどな」


 うっ、と唸るアイリス。こればっかりは覆さない事実である為、反論のしようがないのだ。



「まあ、忘れ物があっても俺がある程度はフォローできるけどな」



 姉さんみたいな魔法使いほど魔法(俺的に言うと魔術)をポンポン使える訳ではないが、汎用性は魔術師の方が上だ。大は小を兼ねると言うが、何も魔術師が魔法使いに全てにおいて劣っている訳ではないのだ。勝っている所もある。主に細々としている作業は魔術師の方が得意なのだ。逆に火力においては状況にもよるが、すぐに出せるものといったら圧倒的に魔法使いの方が有利なのだが。


 そもそも魔法使いと魔術師の違いとは何なのか。実を言うと、そこまで大きな差はなかったりする。魔法使いは詠唱、魔術師は術式を刻んだ魔術を行使する為の媒体を用意、という感じだ。媒体といっても使い捨てなどは基本無く、指輪や杖がそれにあたる。因みに、魔法使いの場合は媒体等はいらないが、あったほうが威力は上がる為、杖などを携帯しているものが多い。

 では、何故魔術師は魔法使いに火力で負けるのか。それは技のバリエーションなどが主な原因となっている。魔術師は媒体を用意しなければ魔術が使えない為、自ずと限られて来るが、魔法使いは詠唱を唱えるだけで発動する為、どうしても押し切られてしまう。更に、魔法使いには【無詠唱】というものがあり、手数においても魔術師を圧倒してくる。


 これが、魔術師が魔法使いに火力で劣る原因である。尤も、魔術師もそれなりの数の媒体を用意すればそこまで問題はないのだが(但し、媒体を一つ作るだけでもかなり時間が掛かる為、普通の魔術師は最高でも10個程度しか持っていない。因みに、俺は戦闘用が4個、生活用が3個である)。



「そういえば、一之瀬先輩のそれってかなり便利ですよね? どんな物でも入りますし…」

「ああ、この収納の腕輪か? これは俺が1年半かけてやっと作れたものだから、それなりに自身がある」



 入社して初めての探索の時、色々足りないものが多過ぎて製作に乗り出した代物だ。当初はそこまで時間は掛からないだろうと思っていたのだが、存外難しく(次空間に干渉するのだから当たり前である)、かなり難航した。結局意地になって勉強したり実験したりで1年半掛けて完成したのだ。……まあ、理論とか色々組み立てたのは俺だが、肝心の次空間に俺だけの空間を作るのに魔力が足りなさすぎたから姉さんに協力をお願いしたんだけどな。俺一人ではどうしようもなかった魔力を片手間で提供してくれた姉さんには脱帽だ。


 そんな訳で、俺には大量の物を収納できる魔術媒体があるのだ。ものすごく便利である。まあ、副産物的なので、俺の頭が若干、本当に若干賢くなってしまったのだが。マルチタスクというか分割思考? まあ、そんなパソコンが備えていそうな機能を俺も備える事が出来てしまっているのだ。確かに、アレを作る時は半ばヤケクソだったからなぁ。

 因みに、姉さんは魔法使いになる前から既に備えていたようだ。訳分からん。



「それがあるから先輩は【魔術師らしくない魔術師】なんて言われちゃうんですよ?」

「五月蠅いな。魔術師のスタイルなんて人それぞれだろうが」

「まあ、そうなんですけど…あ、私の荷物、入れてもらって良いですか?」

「どうぞ。元々そのためにあるしな」



 アイリスの荷物に腕輪を近付け、魔力を腕輪に流す。すると荷物は腕輪に吸い込まれるように入っていった。

 収納方法は極単純で対象に腕輪を近付け、魔力を流すだけ。製作時間に反比例した効率の良さだ。作った甲斐があるというものだ。



「先輩が探索係の皆さんから引っ張りだこな理由が分かる瞬間ですよね~。手ぶらで行けるのですからものすごく楽です」

「俺は荷物持ちかなにかかよ……」

「揃っているな、お前ら」



 アイリスの心を抉る何気ない言葉に心を痛めていたら、不意に後ろから渋いダンディボイスが聞こえた。この声は…



「「おはようございます、係長」」

「ああ、おはよう。さて、早速だが今回の探索の趣旨を説明しよう。今回の探索は新たに発見された未探索世界を調べてきてもらう。因みに、人選は俺だ」

「質問良いですか?」

「なんだ一之瀬。苦情は探索が終わってから受け付ける。変更は無しだ」



 問答無用とはこの人の為にある言葉だと思う。



「いえ、そういう訳ではないのですが…人選の理由を教えてくれませんか? 主に何故俺に白羽の矢が当たったのかを詳しく」



 というか、そもそも未探索世界の調査を俺みたいな魔術師に任せるのがおかしいのだ。仕事が出来ないという訳ではないが、ものすごく出来るという訳でもない。つまり、普通という訳だ。



「ましてや未探索世界の調査なんて、下手したら……」

「ああ、探索ではなく、お前らの役目は【代行者】になるな」



【代行者】

探索係のもう一つの役目であり、実質、その世界をどうするかを決める者である。この役目が発動する条件は、『未探索世界に文明が存在し、尚且つ魔に関する物に関わっている』時である。それ以外は唯の探索で済ませられるが、代行者が発動したら魔術結社として、その世界を管理するべく(支配ともいう)動かなければならない。その為なら国を一つ落とすもよし、恩を売るのもよし、だ。兎に角何をしてでもその世界を管理する方向に持っていかなければならない。


 さっきメーラさんと話していた『面倒くさい事』とはコレの事だ。



「俺はお前、いや、お前らなら出来ると思っている。少なくともここに入社して、それなりの経験をしたからな」

「ま、待って下さい! 一之瀬先輩は兎も角として、私は…」

「ストラトスも十分経験を積んだ。それに、お前と一之瀬は戦闘においては相性が一番良いんだ。うまくやれるさ」

「で、ですが…」

「それに、一之瀬は普段は頼りないが、やるときにはしっかりやる男だ。それは俺が保証してやる」

「……分かりました。万が一、代行者になったとしてもその任、確実に成し遂げて見せます!」

「頼んだぞ」



 何やら良い感じにまとまりつつあるが、俺はまだ納得していない。



「俺は」

「一之瀬、お前は自分を過小評価し過ぎだ。お前は十分優秀な人材だ。でなければ俺はこんな探索を任せたりはしない」

「優秀って…俺はあくまで普通ですよ。そりゃあ、世間一般的に魔術師なんて異常でしょうけど、少なくとも魔術結社内においては普通です」

「ああ、そうだ。普通にお前は優秀だ」



 いや、だから俺は優秀じゃない。優秀というのは姉さんみたいな人の事を言うんだ。



「まあいい。これ以上は無意味だからな。兎に角、お前らは探索に行く。いいな?」

「はい!!」



 俺の相方は随分とやる気満々だ。



「…了解です。まあ、やれるだけやってみます」

「良い結果を待っている」



 それだけ言うと、係長はどこかに行ってしまった。



「では先輩、行きましょう」

「ハァ。お前は何でそんなにやる気満々なんだよ。さっきは少し不満を言ったかと思えば…」

「あれは私では務まらないと思ったからです。ですが、先輩とならやれる気がしてきました」

「俺にそんな期待するなよ…。しょうがない、行くか」

「はい!」






 探索係ビルから歩いて5分ほど。俺達はゲートのあるビルに到着していた。



「いつ来ても此処は落ち着きますね」

「魔力が満ちているからな。さて、俺達が使うゲートはっと」



 ゲートはマンションのドアの様な配置になっている。大きさそのものは当然マンションのそれより大きいが、配置は大体あんな感じだ。ホテルに置き換えても良いな。ドアの向こうは即異世界という感じだ。



「すみません、探索係の者なのですが…」

「一之瀬様とストラトス様でございますか? 話は聞いております。ゲート番号は0621となっております。くれぐれもお間違いないように」



 間違えたら次元の狭間を装備なしで彷徨う事になるのだから間違える筈がない。



「それから、一之瀬様宛に預かり物をしております」

「え、俺にですか?」



 俺に何か送ってくる人? アイリス…は今此処にいるからありえないか。じゃあ、師匠か? いやいや、そもそもあの人はどっか未探索地をほっつき歩いてる筈だ。なら、姉さんが妥当か?



「一之瀬遥様より、この魔道具と言伝を預かっております。…では、まずこれを」

「……これって」



 いつも姉さんが愛用している杖じゃねぇか。……ハァ、あの姉は自分だって犯罪者を裁くってのに、何自分のメイン魔道具の一つを渡してるんだよ。まあ、姉さんにはまだ魔剣があるからなんとかなるのか……?

 この杖には俺の得意属性が術式として刻まれている。それもかなり高度な。によって、かなり高レベルの魔術が行使できる。

 ……まあ、使わないに越した事はないんだけどな。使う=物騒な事だし。



「ありがとうございます」

「遥様より『……龍也、頑張ってね』との事です」

「そうですか。ん? 言伝があるという事はもう既に姉さんは向かったのですか?」

「はい、今から12分27秒前に向かいました」



 …この人は何故こんなにも正確に時間が分かるのか。



「そうですか。じゃあ、俺達も行きますね。アイリス、行こう……アイリス?」



 何故かジトーッとした目でこっちを睨んでくる。何故? 俺は何かしたか?



「話すのが長いですよ。早く行きましょう」

「ん? あ、ああ、悪かった。では、受付さん、行ってきますね」

「はい、お気を付けて」






「なあ、どうしてそんなに機嫌が悪いんだ?」

「先輩の話が無駄に長いからです」

「でもさ、あれって社交辞令というか、人脈作るために割と必要な事だろ?」



 程良い人脈はとても役に立つ。



「…結構打算的ですね」

「まあ、俺だからな」



 そうこう話していると、やっと目的の部屋に着いた。



「0621号室…ここだな。アイリス、最終確認だ。忘れ物はないな? あっても『あっちの世界を一周』するまで帰れないからな?」

「ある程度の物はその指輪の中に入っているのですよね? なら大丈夫です」

「そうか、じゃあ、いくぞ」



 こうして、俺たちの異世界探索は始まった。頼むから厄介な世界でない事を切に祈る。







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