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転生した女装家のメイクアップ術

作者: 懺悔亭御免
掲載日:2026/05/19

「はぁい、アンタたち! 今日もアタシの美貌に酔いしれなさい!」


新宿二丁目の中心にある老舗ショーパブ「クレオパトラ」。その看板ドラァグクイーンにして、二丁目の伝説とまで呼ばれたのが、このアタシよ。 ミラーボールが乱反射するステージの中央、スポットライトを全身に浴びながら、アタシは十五センチのピンヒールで完璧なターンを決める。客席からは割れんばかりの歓声と、おひねりの万札が飛び交っていた。


「アタシのステージ、楽しんでくれたかしら? 楽しんだならーーアタシの下着がちぎれるくらい、おひねり入れてごらんなさい!」


マイク越しに煽ってみせると、客たちはさらに沸き立つ。 完璧なベースメイクに、スワロフスキーを目元に散らばせながらも、ギラギラのグリッターを綺麗に載せたアイシャドウ。真っ赤なルージュを引いた唇で投げキッスを飛ばし、アタシは本日の大トリのショーを華麗に締めくくった。


「……あー、しんど。ちょっと、誰か酸素持ってきて、酸素」


歓声に見送られながら楽屋の裏に引っ込んだ瞬間、アタシは重たい衣装を引きずるようにしてパイプ椅子に崩れ落ちた。 連日の満員御礼はありがたいけれど、ここ一ヶ月の睡眠時間は平均二時間。新人スタッフのメンタルケアに、発注作業、それに加えて新作ショーの振り付けまで一人で抱え込んでいた。三十代も後半に差し掛かったオカマの身体には、明らかにキャパオーバーだった。


「ほらアケミ、アンタつけまつげズレてるわよ。さっさと直しなさい……って、あれ?」


後輩にダメ出しをしようと立ち上がった瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。 ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。血の気が一気に引き、手足の感覚がなくなっていくのがわかった。


(え、嘘でしょ?ちょっと待って、まだ今日のメイク落としてないんだけど……ていうか、アタシ今日めちゃくちゃ盛れてるから、せめて誰か遺影用に写真撮っといて……!)


そんなふざけた思考を最後に、アタシの意識は深い深い闇の底へと真っ逆さまに落ちていった。 あっけない、本当にあっけない過労死だった。


* * *


「……ん、んん……」


どれくらい時間が経ったのだろう。 ふんわりとした、まるで雲の中に沈み込んでいるような極上の柔らかさに包まれて、アタシはゆっくりと意識を浮上させた。


(……やだ、どこよここ。二日酔いでどっかのイケメンの部屋にお持ち帰りされたのかしら?)


鼻をくすぐるのは、二丁目特有の安い香水とタバコとアルコールが混ざった匂いではない。上品で甘い、百合や薔薇の生花のような高貴な香りだった。 重い瞼をこじ開けると、視界に飛び込んできたのは、見慣れた楽屋の雨染みだらけの天井ではなくーー見事な彫刻が施された、アンティーク調の豪華な天蓋だった。


「……はぁ? なにこのあざといお姫様ベッド」


起き上がろうと身をよじる。すると、なんだか妙に身体が軽い。あの長年連れ添った腰痛や肩こり、分厚い胸板の重みが一切ないのだ。 それどころか、視界の端に映った自分の手を見て、アタシは思わず息を呑んだ。


「……誰よ、この手」


ごつごつとした節くれだった男の手じゃない。 透き通るように白く、指先までほっそりとした、絹のような肌。ネイルなんてしていないのに、桜貝のように美しい爪。 アタシは慌てて自分の顔をペタペタと触る。骨張ったエラもないし、無精髭のジョリッとした感触もない。あるのは、吸い付くようなすべすべの素肌だけ。


そこへ、ガチャリと控えめな音を立てて豪奢な木製の扉が開いた。


「……お嬢様? ルシアンお嬢様、お目覚めですか?」


入ってきたのは、フリルのついたエプロンドレスを着た、絵に描いたようなメイドの少女だった。彼女はアタシを見るなり、ホッとしたように胸をなでおろす。


「ああ、よかったです……! 階段から足を踏み外されて、三日も目を覚まさないものですから、メイド長と心配していたんですよ」


オジョウサマ? ルシアン? 階段から落ちた? メイドの言葉に混乱するアタシの脳内に、突如として見知らぬ膨大な記憶が、激しい頭痛とともに雪崩れ込んできた。

「すぐにご主人様と奥様をお呼びしますね!」と、嬉しそうに早歩きで出ていったメイドをよそに、アタシはベッドサイドにある鏡を恐る恐る覗き込んだ。


「ちょっと……なにこれ、どういうこと!?」


鏡の前で絶叫したアタシの脳内に、どっと見知らぬ記憶が流れ込んでくる。


どうやらアタシは、この国の公爵令嬢・ルシアンに転生してしまったらしい。彼女は王太子の婚約者という最高位にいながら、気弱な性格と地味な見た目のせいで、家族からは「男の心も掴めない出来損ない」と冷遇されていた。 おまけに王太子は、ルシアンより身分が低い、胸が大きくて愛嬌のある垂れ目の男爵令嬢に骨抜きにされ、公衆の面前でルシアンを馬鹿にする始末。


——ふざけんじゃないわよ。


アタシはルシアンの記憶を辿りながら、怒りを吐き出すようにため息をついた。


——ていうかこの子、めちゃくちゃいい子じゃないの。


政治から歴史まで語れるほど博識で、休日は孤児院で慈善活動。刺繍をさせれば芸術品で、ピアノの腕前もプロ級。令嬢としての教養も品格も、これ以上ないほど完璧だ。見た目もよくよく見れば、美人になる素質が無いわけではない。むしろ地はよさそうだ。足りないのはただ一つ、自信と見せ方だけ。

アタシなら、この子の良さを存分に活かせるかもしれない。この子を蔑ろにする愚鈍な王太子など、こっちから願い下げだわ。あんなヒョロガリで見る目のない男、未練ゼロで捨ててやる。 でも、ただ泣き寝入りして身を引くなんて、二丁目の伝説の名が廃る。


だから——見てなさい。あのバカ王子が、鼻血吹いて這いつくばって復縁を迫ってくるくらい……この国で一番のイイ女にプロデュースしてやるんだから!


アタシは両手でパンッと頬を叩き、気合を入れた。 ルシアンの記憶にある、政治や歴史に通じる知性、芸術を愛する心、そして孤児院で見せる優しい魂。それを全部、外見に引っ張り出してやるのよ。内面の美しさと外見の装いを完璧にリンクさせる、最高のメイクアップの始まりよ!


その日から、公爵邸の自室はアタシのレッスン場になった。 まずは素材の基礎工事からだ。鏡の前のルシアンは、自信のなさから常に背中が丸まり、首が前に出てしまっていた。これじゃあ、どんなに高いドレスを着ても布の無駄遣いだ。

分厚い歴史書や指南書を頭に乗せ、部屋の中を歩く特訓を毎日欠かさず行った。最初はすぐに本を落としていたけれど、体幹が鍛えられるにつれ、彼女の歩き方はランウェイを歩くトップモデルのように洗練されていった。姿勢が良くなるだけで、元々の骨格の美しさが際立ち、纏うオーラが劇的に変わる。


次は発声。 おどおど上ずった声は自信がないようにみられてしまうため、絶対NG。もっとお腹の底から、落ち着いたアルトトーンを響かせる。横隔膜を意識して、腹式呼吸で。

二丁目直伝の厳しいレッスンのおかげで、ルシアンの声は、聞く者を安心させつつも、決して舐められない威厳を感じさせる美しい響きを手に入れた。


そして極めつけは、アタシの真骨頂ーーメイクアップ。 この世界の貴族たちのメイクといえば、ただ顔を白粉で真っ白に塗りたくり、不自然に赤いルージュを引くだけの、のっぺりとしたものだった。


——こんなのメイクじゃないわ、ただの白塗りオバケよ! メイクってのはね、骨格を理解して、光と影を操る魔法なの!


アタシは公爵家の莫大な財力をフル活用し、世界中から最高級の美容液を取り寄せ、まずは徹底的にスキンケアを行った。乾燥してくすんでいた肌は、あっという間に内側から発光するような極上の陶器肌へと生まれ変わる。 そこへ、本来の美しい骨格を際立たせるためのシェーディングとハイライトを、ミリ単位の計算で仕込んでいく。顔に立体感が生まれただけで、ハッとするほど知的な印象になった。

一番のポイントは、目元だ。 ルシアンはこれまで、他人の顔色を窺うように伏し目がちだった。その瞳に、公爵令嬢としての強い意志と誇りを宿させる。 肌馴染みの良いブラウンのシャドウでまぶたに自然な陰影を作り、目尻には少しだけ跳ね上げたキャットラインを引く。アイブロウは、元の自眉を活かしつつ、なだらかなアーチを描くように一本一本描き足して、凛とした力強さをプラスした。 最後に、彼女の知性を引き立てるような、深みのあるローズカラーのルージュを唇にのせる。


「……完璧だわ」


鏡の前に立つのは、もう地味で陰気な公爵令嬢ではなかった。 知性と教養という名のドレスを纏い、誰にも媚びない自立した大人の余裕を感じさせる、圧倒的な美貌の令嬢がそこにいた。


数週間後。王家主催の夜会。 王太子はいつものように、隣に垂れ目の男爵令嬢を侍らせて、意気揚々と声を張り上げた。


「ルシアン! 地味で陰気なお前など、次期王妃にはふさわしくない! よってこの場で婚約を破棄……する……」


王太子の言葉は、途中で間抜けに途切れた。 大広間の扉から現れたルシアンーーアタシを見て、会場中の時間が止まったのだ。 見事なデコルテを大胆に披露した深いエメラルドグリーンのドレス。背筋を伸ばし、堂々とした足取りで歩く姿は、まるで美の女神。完璧なメイクによって引き出された知的な美貌と、自信に満ちたオーラに、誰もが息を呑み「あれは……誰だ?」「美しすぎる……」とざわめいている。


「ル、ルシアン……なのか?」


呆然とする王太子に、アタシは優雅に、そして最高に冷ややかな微笑みを向けた。


「ええ、喜んで婚約破棄をお受けいたしますわ、殿下」


(だいたい、アンタみたいな細っこいヒョロガリ王子、アタシのタイプじゃないのよ。アタシはね、あそこの扉の前に立ってる、筋骨隆々で無骨な騎士団長みたいな殿方が好きなの!!)


心の中でガッツポーズを決めながら、アタシはドレスの裾を華麗に翻し、一切の未練なくその場を後にした。


——その後。

勝手な婚約破棄と、あまりの見る目のなさに立腹した国王によって、王太子はあっけなく廃嫡された。代わりに優秀な第二王子が立太子され、元王太子と男爵令嬢は没落の一途を辿ったという。

一方のアタシは、さっさと公爵家から独立。 「美は力よ!」をスローガンに、平民・貴族を問わず、自信を持てない女性たちを次々と美しく変身させるメイクアップサロンを立ち上げた。 内面と外面のコンセプトを完璧に一致させる彼女の魔法の手は、やがて国境を越え、「美の伝道師」として後世の歴史に伝説として語り継がれることになるのであった。

活躍するかっこいいオカマが書けて満足です。

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