第8話:十年目の『大掃除』、あるいは進化の臨界点
「……佐藤先輩、最近、お姿が変わられましたか?」
渋谷ダンジョンの定期清掃中、エレンさんが不思議そうに俺を見つめてきた。
背後では、ムサシが「……ほう。気づかれましたか、エレン殿」と窓を拭きながら頷く。
「佐藤殿の周囲の魔素が、完全に『濾過』されている。昨日までは微かに残っていた雑味が、今は塵一つない。これぞ、十年の苦行の果てに辿り着いた、真の『無』の境地……!」
「……いや、単に新しい洗剤が強力なだけだって」
俺は適当に流したが、実は自分でも少しだけ違和感があった。
この一ヶ月。急にモップが軽く感じる。
十年前、ダンジョン清掃を始めた頃の俺は、ただの「戦闘不能」の一般人だった。
――毎日、モンスターの返り血を浴び、呪いの込められた粘液を素手で拭い、瘴気に満ちた空気の中でひたすら腰を振り続けた。
普通の探索者なら数時間で倒れる毒性環境。
そこに十年間、毎日八時間。
「塵も積もれば、山となる」
微々たる経験値、微々たる魔素の吸収。
それが三千六百五十日積み重なり、昨日、ちょうど新宿ダンジョンのボスを「掃除」した瞬間に、何かが『臨界点』を超えたのだ。
バケツの汚水が一杯になって溢れるように、俺の身体に蓄積された「清掃経験」が、世界を書き換えるほどのスキルへと昇華した。
それが、ユニークスキル『完全浄化』。
もちろん、俺はそんなこと知らないし、ステータス画面を見る習慣もない。
「……あ、ここの壁、少しカビてるな」
俺がシュッと洗剤を吹きかけ、一拭きする。
その瞬間、ダンジョン全体が「ビクッ」と震えた。
壁のシミが消えるだけでなく、ダンジョンそのものの『毒性(魔素の乱れ)』が中和され、爽やかな森林のような空気に変わっていく。
「……なっ!? モンスターが……モンスターが、逃げ出していく!?」
エレンが叫ぶ。
あまりに綺麗になりすぎて、ドブネズミのような魔物たちが「居心地が悪すぎて」消滅、あるいは逃走を始めたのだ。
数時間後。
そこは、世界で最も安全で、最も空気が美味い『地下公園』へと変貌していた。
つぶやいたーのトレンドは、もはや恐怖に近い称賛で埋まる。
『【悲報】渋谷ダンジョン、あまりに綺麗すぎてホテル建設決定』
『空気清浄機いらず。掃除神が通った後は、平均寿命が5年延びる説』
『10年の修行が結実。今、人類最強の「清掃員」が覚醒した』
『地価が爆上がりして、探索者ギルドより不動産屋が必死なの草www』
俺は、あまりに軽くなったモップを不思議そうに眺めながら、独り言をこぼした。
「……この洗剤、次から箱買いしとくか。社長に相談しよう」
第8話をお読みいただき、ありがとうございます!
なぜ今、佐藤さんがこれほど強くなったのか。
それは「十年間、誰よりも劣悪な環境で、誰よりも地道な作業を続けたから」という、極めて脳筋で真っ直ぐな理由でした。
努力は裏切らない。ただし、佐藤さんの場合は裏切りすぎて「世界を浄化するレベル」まで行ってしまいましたが……。
「十年の積み重ねは熱い!」「ダンジョンが観光地化してて草」と思った方は、
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皆様の応援が、佐藤さんの「十年目の大躍進」を支えています!




